01:ソフィアの穏やかな生活
雄大な山脈に囲まれた穏やかな森と、小高い丘に咲く花々の中で横たわりながら幸せを噛みしめるソフィア。
人里離れた朽ちた森の先にある常闇山脈の奥に深緑の森がある。その森には魔物が住み着いていたが、初代聖女が魔物を鎮め封印したと帝国歴史書に記録されている。真実かどうかは広大な僻地に一人で住まうソフィアには知る由もない。
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ソフィア・ルーンは転生者だ。
転生前は日本の女子大生、室井フウカ。風邪を引き病院帰りに意識が遠のき、気が付いたら切り裂かれた血塗れの服を纏い床に倒れていた。傍らには心配そうに小さく鳴く巨鳥。大絶叫でお互いパニックを起こし、目覚めてから何度も驚愕と困惑に襲われる事になる。
生まれ育った国と違う美しい風景に、石と木で作られたヨーロッパ辺りの一軒家。内装はまるで魔法使いの部屋で、映画の中に入った気分にさせた。ソフィアの日記から読み取ると彼女は俗世に興味ない魔女。普通の人が来るには険しい道のりを稀に人が訪ねて来るが、よっぽどの用事以外は人に会わない生活をしている。
ソフィア・ルーンは死んだ。
目を覚ますと突然針を刺すような頭痛と共に、死ぬ数秒前の体の主の記憶が流れ込んだ。光る文字が描かれたナイフで背中や腹や腕、最後の仕上げに胸を一突き。強大な魔力を持つ魔女も油断をすればこの様だ。顔見知りの犯行だが記憶の中の相手の顔はモザイクが掛かっており、日記には『昔の友人が訪ねてくる』の一文のみ。その友人の顔も名前も記憶や日記からは手掛かりは掴めず、頭を悩ませていたがどうせ死んだのだからもう訪ねて来る事は無いだろうと探すのを止めた。
襲撃で所々短く切られ血で固まった亜麻色のロングヘア―を整え、腰まで伸びた髪はボブヘアーまで短くなった。スタイルが良く堀の深い美貌を持つソフィアの瞳は、上下の色が蒼と黄の二色に星が散りばめられた珍しいものだ。転生後は鏡を見る度慣れない姿に驚きうっとりしたのはここだけの話。
ソフィア・ルーンは一人と一羽で暮らしている。
魔女の相棒、よくいる使い魔。大鷲に似た鳥だがこの世界の名称は知らない、名前はリオン。ソフィアに似た性格で自由気ままに外で暮らし、時折様子を伺いにやって来る。死んだソフィアに寄り添う程ソフィアとは信頼関係はあったのだろう。この出来事からリオンは頻繁にやって来て、外出すれば近くで見守っている律儀な鳥だ。
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所謂異世界転生というやつならば、神の声が聞こえたり妖精が現れたりしないのか。待っていても、一向に声が掛からない様子にヤキモキする。つまり『異世界転生したがノーアドバイススタートで右も左も分かりません(汗)でも幸せに暮らしました!』みたいなタイトルか、もしくはただのモブでどこかで主人公と関わり退場する名無しの魔女か。
あの日から一ヵ月経ち、ソフィアの残した日記やリオンの助けもあり日常生活は困らなかった。魔法だけは書庫で本を読み漁り使用方法を覚えた。一度使ってみたら体が覚えているようで、今では魔法無しでは生きていけない程助けられている。
「ん~~……天気が良い!カレー食べたいな、手持ちのスパイスじゃそれっぽいものしか作れないんだもんどーしよ」
腹の虫が鳴りゆっくり起き上がると、凝り固まった体を伸ばし深呼吸。
家の前の庭では生前のソフィアが作った立派な畑がある。カレーの具材を手際良く籠へ詰め込みキッチンへ運ぶ。肉はリオンが狩りをした動物を塩漬けして保存しているが、立地が山に囲まれている為魚介類はお預けだ。
日本にいた時とほぼ変わりない一人暮らしの日常。違うのは異世界に転生し、大学に通い独りで弁当を食べる事も実家で愛想笑いする必要も無くなった。新たに始めたのは二度も三度も殺されないよう魔法を学び楽しく生きる、それだけでいい。