姉上のやらかしたこと
ひたすら日陰者として学校生活を送っていた私ですが、それでも肩身が狭いなりに安定した日々を過ごしていました。けれど、そんな平穏は突然崩れてしまいます。
ある朝、私が教室へ入ると室内が騒然としていたのですが、皆さんの視線が一斉に私へと突き刺さりました。なんですか、いきなり?
居心地の悪さ感じていると、突然ユゲット様に教室前の廊下に呼び出されました。淡い緑を基調としたフリルが多めのドレスを身に付けているかわいらしい方ですが、今朝は一段と眉がつり上がっています。
「ジネット様がお呼びです。今すぐついて来なさい」
一方的に告げられましたけど、王太子殿下の婚約者でいらっしゃるジネット様に呼ばれてしまっては無視できません。
無言で案内された先はジネット様のお部屋でした。中は私の部屋の何倍も広く、そして、ヴォルテーヌ公爵家の家格にふさわしい佇まいです。
部屋の窓際には椅子が三つ三日月状に並んでおり、中央にジネット様、その左手にルシール様が座っておられました。ユゲット様もすぐに右手へと着席されます。
お三方の前に立たされた私はまるっきり罪人扱いですが、その理由がわかりません。
しばらくの間ジネット様は無表情にこちらを眺め、ユゲット様には怒りを込めた冷たい目を向けられ、ルシール様には憎しみのこもった視線を突き刺してこられます。
最初に口を開かれたのはユゲット様です。
「確かに似ていますわね。腹立たしいほどに」
「どうしてあんな者のために私があのような屈辱を受けねばならないのよ」
濃紺の落ち着いた感じのドレスを着ているルシール様が続いて言葉を漏らされました。
状況がさっぱり飲み込めない中でぶつけられる怒りと憎しみに私は震え上がりました。いずれも私の実家よりも家格が上の方ばかりで粗相があれば実家が吹き飛びかねません。
なんと話しかけて良いのか悩んでいると、薄い刺繍をあしらったレースを使った薄い赤いドレスをまとったジネット様が声をかけてこられます。
「その様子ですと、ここへ呼ばれた理由を理解していらっしゃらないようですわね」
「授業を抜けてまで呼ばれるようなこととなると、さすがに」
「白々しい! 本当は全部知った上で、わたくし達をバカにするために知らないふりをしているのでしょう!」
「あのキトリーの妹だもの、そのくらいの芸当はできますわよね」
ジネット様に返事をした途端、ユゲット様とルシール様に非難されました。
二人を制せられた後、反論もできない私にジネット様が目を向けてこられます。
「そならば教えて差し上げましょう。昨日の放課後、ジョゼフ様主催の舞踏会が学内の舞踏会場で開かれたのですが、その場でわたくしと両隣のユゲットとルシールはそれぞれの婚約者から婚約破棄を申しつけられたのです」
「はい?」
格上の方を相手に取り繕うこともできず私は眉をひそめました。お三方の婚約者といえば、王太子殿下にプロスペール様にイジドール様ですよね。
あれ?
そのとき、姉上が三人の殿方に囲まれているあの光景が脳裏に浮かびます。同時に顔から血の気が引くことを自覚しました。姉上、本当にそんなことやらかしたの!?
すっかり固まってしまった私を見てユゲット様が何かを納得されたようです。
「本当に何も知らないようですね。そういえば、昨日の舞踏会場であなたの姿は見かけませんでしたわ。それで今朝一番にここへ来たのですから当然といえば当然ですか」
「そもそもキトリーがあの場に招待されたこと自体がおかしいのです」
尚も睨んでこられるルシール様の言葉を聞きながらも私は何も言い返せません。
そんな私に対してジネット様が告げられます。
「前々からあなたも何か関わっているのではと思っていたのですが、その様子ですと無関係のようですわね。この機会に色々お話を伺おうと思ったのですけれど」
「あの、なぜ王太子殿下達は婚約破棄などとおっしゃったのですか?」
発言をした瞬間、失敗したと私は肌身で感じ取りました。三人の視線がきつくなったからです。
しかし、唯一ジネット様だけはすぐに敵意を緩めて説明してくださいます。
「あなたの姉の歓心を買うためにですよ。本当にそんなこともわからないのですか?」