雨の朝
夜明け前から降り始めた雨は、朝には本降りになっていた。
気温もぐっと下がり、昨日までの暖かさが嘘のように肌寒い。
「……荒れてきましたわね…」
窓から外を眺め、レティがストールを掻き合わせる。
「予定ではカナンの護衛小隊が朝には到着するということでしたが…」
「この分じゃ出立も遅れそうだな」
エリアルドとアルも雨の様子を見て難しい顔をする。
「ロザリンド殿の話では、数日前に地滑りがあった地点があるそうです」
「この雨だと被害が拡大するかもしれねえな。土魔法で土壁作って進むか?」
「自分たちだけならそれですみますが、カナンの小隊が一緒だと難しいですね」
ポジタムと話すカノッサの様子がいつも通りで、颯太はほっと息をついた。
昨夜、なんだか妙な雰囲気だった大広間から脱出して。
相談に行った女子部屋では、シャノワが怪力を発揮してそれはそれで大騒ぎになった。
気の進まないままオルグと同室の部屋に戻ったところで、すっかり元に戻っていたオルグにことの次第を聞かされて、騎士団のみんなのことを心配していたのだ。
「……ソータ殿?」
思わずまじまじと見つめてしまったのだろう。カノッサに不思議そうな顔をされて、颯太は慌てた。
「いやその……ゆうべ、みんな変だったからさ、大丈夫かなーって……」
うまく誤魔化すこともできず率直に言うと、スキンヘッドのてっぺんまで赤くして、カノッサは頭を抱えた。
「ううう……忘れてください、昨夜のことは」
「正直、なにがあったかよく覚えていないのです」
傍で聞いていたヨハンたちも話に加わる。
「カナンの酒に酔ったのでしょうか、なにやらふわふわと夢見心地になっておりまして……」
「そこへもってきて、ロザリンド殿の美貌でしょう?……お恥ずかしながらすっかりのぼせ上ってしまったようで……」
「…エリアルド団長に叱り飛ばされて、明け方まで外で鍛錬し、ようやく我に返ったような次第で…」
「…そ……そうなんだ……」
騎士たちが口々に語る話に、颯太は顔をひきつらせた。
昨夜の『魅了』は、王族の魔法障壁にも介入した、かなり強力なものらしい、とオルグは言っていた。
それを……スパルタ式の鍛錬で解除したというのだろうか。脳筋って、すごい。
「みなさま、失礼いたします」
涼やかな声がして、当のロザリンドが姿を現した。
軽装のシャノワがその後に続く。
「今朝がた到着予定の護衛小隊ですが…この雨で足止めを喰っておりまして。到着が午後になるとの知らせがございました」
「そうですか…」
「昨夜の軍議では、数日前に地滑りを起こした箇所があるとのことでしたが…そちらは大丈夫でしょうか」
「そのことなのですが……」
ロザリンドの合図で、砦に常駐しているカナン兵がテーブルの上に地図を広げた。
「レヒトへは、この街道を行くのが一番なのですが……ここの部分で地滑りが起こっていることは、昨日お話ししましたわよね」
言いながら、ロザリンドは指先で街道の一点を指す。
「本来ならすぐ復旧にかかるところなのですが、この雨で周辺の地盤も緩んでおります。…そうしますと、こちら側の間道を経て北側へ回るのが一番かと」
「なるほど……こちらの道なら馬車も通れそうですね」
「ロザリンド殿、この道を抜けて南の橋を渡ることはできないのですか」
「残念ながら、その道は整備が悪く、馬車は難しいのです」
一緒に地図を覗きこんで質問したマルクスは、ロザリンドに微笑まれて真っ赤になった。
「ロザリンド殿、このしるしは?」
だが、さすが無骨者、エリアルドはそんな彼女の魅力に一切頓着せず、地図上の×印を示す。
「…それが問題なのです。最近、この辺りに北から流れてきたオーガの一族が住み着きまして。人と敵対する意志はないようですが、排他的な一族らしく、通行を見逃してくれるかどうか…」
「オーガ…ですか」
眉を顰めるロザリンドに、エリアルドも難しい顔をした。
「…オーガって?」
「人鬼族ですわ。額に二本の角を戴く、武芸に秀でた一族です。誇り高く、すこし気難しい方々ですが…」
「亜人……だよね?亜人ってカナンにもいるの?」
「シナークは人族との共存を表明する亜人たちが作った連邦国家ですが、シナークに属さない亜人も各地に点在しますよ。エンデミオン南部にも人と関わらぬと表明するマーマン族がおりますし、北部にも排他的なエルフがおります」
颯太の質問に、レティとオルグが答える。
昨日はオルグも他に合わせて『魅了』にかかっているふりをする、と言っていたが、騎士団がまともに戻っている以上、のぼせ上っているふりは辞めたようだ。ちょっと見たかった!
「事前に交渉して通行の許可をいただいた方がいいですね」
「そうだな。下手に拗れるよりそのほうが……」
オルグの言葉にアルが賛同したそのとき、けたたましい音を立ててドアが開き、フェリシアが駆け込んできた。
「エナ!アル!大変!誰かがスフィカに襲われてる!」




