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陰謀


 時間は、少し巻き戻る。


 カナン領内を密かに偵察して帰ったアルは、誰に見とがめられることなく砦2階のベランダへ降り立った。

 「…衛兵ども、ちょっと気抜きすぎじゃねえか……?」

 ぶつぶつ文句を言いながら窓に手をかけると、窓は内側から開かれた。

 「おう、坊主。遅かったな」

 「お待ちしてました。殿下」

 「ブルム公…ステファーノも?」


 この部屋はアルに割り当てられた一人部屋だ。

 その主の留守中に部屋に侵入するなど、アルの身分を差し引いても本来なら許されることではない。

 もちろんアルは気にしないが、それでもブルム公だけではなくステファーノまでがこの暴挙に及んだあたり、なにか重要な事態が起きたに違いなかった。


 「……何が起きた」

 「まだ確実ではありません。……ですが…殿下に()()()があります」

 そう言って、ステファーノは胸ポケットから白いハンカチを取り出した。

 「これを……この染みの、()()をお願いしたいのです」

 深刻そうなステファーノの言葉に、アルは片眉を上げた。


 鑑定魔法は、『時』属性の最高難易度の魔法である。

 いや、『時』属性の魔法の片割れというべきか。

 属性魔法を司る、七大神の中でも『時』だけは特別で、時の神セオは決して人間に加護を与えない神として有名だ。

 その『時』が司る魔法はたった2つ。それが転移魔法と鑑定魔法だった。

 その難易度は極めて高く、習得している人間はほんの一握りだ。

 他よりも魔力が強いとされている王族でさえ、鑑定魔法を使えるのはオルグのみ、と()()()()()


 「……使()()()()よね」

 有無を言わさぬ言葉に、アルは早々に白旗を上げた。

 「内緒にしとけよ」

 受け取ったハンカチを、赤黒い染みのついた面を上にしてテーブルに乗せる。


 「 鑑定(エ・レ・モートル) 」


 手を翳し、しばし集中してそう呟くと、ハンカチの上の空中に、ずらりと文字が並んだ。

 「なんだよ、ほんとにできるのかよ、坊主」

 驚いたように言うブルムとは対照的に、ステファーノは食い入るように文字を目で追う。


 「やはり……思った通りです。ごくわずかですが、ニーヴヴが入っています」

 「ニーヴヴ……?」

 「ある植物の樹液からとれる麻薬の一種です。独特のえぐみがあって、かなり毒性が強く……茶さじ半分ほどで死に至ります。少量を長期にわたって摂取すれば、死なないまでも、体力は落ち、いろいろな精神疾患、内臓疾患が引き起こされます」

 ため息をついて、ステファーノは椅子に座り込んだ。


 「……どういうことだ?誰がこれを盛られた?…まさか…」

 「落ち着け、坊主。エンデミオンの連中じゃねえよ。…カナンの、もっさい姫さんだ」

 「もっさい…?」

 一瞬何のことかわからなくて、それからすぐにアルは誰のことかを察した。

 「シャノワ姫か!」


 「……シャノワさんを見たときに……少し、嫌な感じはしたんです。肌の()()()や、爪と唇の青さ。車酔いに似た症状や、夜中の発熱……多分、夢遊病みたいな乖離症状も出ているんじゃないでしょうか…」

 「…たしか、体調崩したのは、星祭りの後からって言ってたよな?原因はこれか」

 帰国後、ずっと薬を盛られていたとしたら…半月ちょっと、彼女は薬を摂取していたことになる。


 「俺たちもごく少量の毒を薬として使うことがあるが……そんなんじゃねえんだろ?学者先生」

 「違いますね。ニーヴヴは本来、パイプとかで吸う麻薬なんです。鼻の粘膜から吸収すると多幸感と万能感がもたらされますが、今回のように口から摂取した場合はただの毒です。しかも、この毒で死んでもほとんど痕跡は残らない。昨今は麻薬としてしか使われてませんが、古くは暗殺に使われた薬です」


 「問題は……()()()()()()、だな」

 「この薬酒自体は、健康がすぐれないシャノワ姫のために、とメギド公爵が手配したそうですが…」

 「…ナイアス!」

 ぎり、と奥歯を噛み締める。

 「だが、もっさい姫さんは、ナイアスと結婚するのが決まってんじゃねえのか。それでナイアスの野郎が王位を継ぐんだろ?」

 「確かに……来年の春をめどにシャノワ姫の婚姻と王位継承を行いたいという意向らしいが…」


 ならば、今シャノワに死なれるのはまずいのではないか。万一、シャノワが死んだ後に王妃が懐妊したら、ナイアスの王位継承にも影が差す。

 「……あの子自身に恨みはなくとも、カナンの王族だからな。いろいろと、()()()こともあるだろうさ」

 「お前んとこくらい健全な方が珍しいからな、王族だの、貴族だのってのは」

 言いながら、ブルムはハンカチを別の布で包みこんだ。


 「それより…ほっといて大丈夫なのか?」

 「それは大丈夫です。ニーヴヴは強い薬ですが、ライムに含まれる酸で中和できるんです。今晩の分はライムで中和して、飲みやすくする方法として教えておきました」

 「そうか…なら良かった」

 そう聞いて、アルもほっと息をつく。

 関係ないといえばそうだが、あんな少女の命が目の前で危険にさらされるのは、気分のいいものではない。


 「どっちにしろ、ワカメならもっと手の込んだことやりそうだよな」

 「とすると、薬酒に近づける人間が怪しいということになりますが……」

 「姫さん付きの侍女か、お色気ねえちゃんか、幽霊騎士か……」

 「幽霊騎士?」

 「いんだよ。なんか、顔色の悪い、暗いのが」


 「……このことは、オルグ殿下にもお伝えした方がよろしいでしょうか」

 ステファーノの問いに、アルは少し考えて頷いた。

 「そうだな。オルグ()鑑定してもらわないと、()()()()()()()()()()からな」

 「では、殿下をお連れしてまいります」

 丁寧に一礼すると、ステファーノは部屋を出て行った。それを見送って、ブルムは息をつく。


 「……食えねえな、学者先生も」

 「……まぁ、大丈夫だ。あいつは信用できるから。……それより、オルグの前でボロ出すんじゃねえぞ、俺は、()()()()()()()()()()()()んだからな」

 「へいへい」


 念を押すアルに、肩を竦めてみせる。いろいろと人間はめんどくさい。


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