メロメロ?
最初に、あれっと思ったのは、マルクスだった。
おとなしくて控えめなマルクスが、熱っぽい目でずーっとロザリンドを見つめていた。
そして、カノッサ。飄々とした彼が、べったりロザリンドにくっついていた。
砦の衛兵たちも、先を争ってロザリンドに酒やら果物を取り分け、まるで忠犬のように傍に傅いている。
とどめは、護衛のため、シャノワとロザリンドと一緒にカナンの馬車に乗る、とあのオルグが言い出したことだった。
これには颯太も驚いた。
驚いて思わず、
「え?ちょっと待って、オルグ兄、正気?」
と、聞いてしまったくらいには。
「なにか……おかしいでしょうか?」
なのに、オルグは不思議そうな顔をして。
「え、だって、おかしいよね?ロザリンドさん、護衛でしょ?護衛の人を王子様が護衛するの?」
「ですが、ソータ殿、ロザリンド殿は美しい女性ですよ?」
わかってないなぁ、という顔でオルグは続けた。
「男として、美しい女性をお護りするのは当然のことではないですか」
言いながら、熱っぽい目でロザリンドを見るオルグ。
……誰これ!オルグ兄だけど、オルグ兄じゃない!オレの知ってるオルグ兄はこんなこと言わない!!!
混乱のあまり叫びそうになった時、一人だけ黙っていた、エリアルドがキレた。
「殿下!いい加減にしてください!貴様たちもだ!!」
亀裂が入るくらいの勢いでバーン!!と樫のでっかいテーブルを叩いて。
「まぁまぁ、エリアルド殿…」
「あなたもです!ロザリンド殿!」
腕に置かれたロザリンドの手を振り払い、エリアルドは怒鳴った。
「あなたも騎士なら、殿下の戯言に異を唱えるべきです!武人でありながら、他国の王子とはいえ、仕えるべき方に身を案じられるとは!」
「………てなわけで、しっちゃかめっちゃかになりそうなとこで、ステファーノさんがオルグ兄呼びに来たんで、一緒に逃げてきた…」
もう散々だった、と大きなため息をついて、颯太はファビエラが渡してくれたレモン水を一気飲みした。
「…ああ……冷たくておいしい」
「オルグ兄様が……」
「オルグ様が……」
話を聞いて、レティとファビエラがあっけにとられている。
「オルグらしくないわねえ。ほんとにそれオルグが言ったの?」
「オレも耳疑ったよ!魔物とかがオルグ兄に化けてんのかとも思った!」
不審そうなフェリシアに、颯太も口を尖らせる。
「……ロザリンドは、美しくて魅力的ですもの……オルグ様は、ロザリンドのような女性が…お好きなのですね……」
シャノワはなにやら涙ぐんで震えている。
「いや、そんなことはないと……」
そんなシャノワを宥めようとして………依那はシャノワの手を見て絶句した。
さっき、シャノワが弄っていた、銀の飾り櫛。
鳥を象った透かし彫りのついたその櫛は結構な太さがあった……というか、太さがあるが、それがシャノワの手の中でぐにゃぐにゃに曲がっている。
曲がりくねっている。
「……と、とりあえず、落ち着こうか。シャノワ」
気付かなかったふりをしながら、依那は飾り櫛だったもの、をシャノワの手から取り上げる。
「ああああわたくしの飾り櫛!!」
目ざとく気付いて悲鳴を上げるフェリシアの口を塞いで。
「……え?…っあああ!す、すみません、すみませんフェリシア様!あああわたくしったら……また……」
無意識の惨状に気付いて、半泣きでオロオロし始めたシャノワを座らせる。
「とにかく!この櫛のことは横へ置いといて!」
こっちはこっちでなかなか騒動は収まりそうになかった。