来年の、春
「ねーねー。シャノワ、次はこれ着て―!」
「えええっ?フェ…フェリシア様、これは無理です!短すぎますぅ!」
「じゃあ、あんたでもいいや、オルグ妹!」
「なんなんですの!その呼び方!!」
流れで何となく、みんなで帰った女子部屋では、シャノワの着せ替えごっこがまだ続いている。
おどおどしっぱなしだったシャノワもすっかり打ち解けたのか、フェリシアに例のネグリジェを着せられそうになりながらも楽しそうに笑っている。年頃の女の子たちの、平和な光景だ。
「姫様……なんて楽しそう……」
などと、物陰から感涙してるエルフがちょっとアレだが。
「シャノワ様?」
笑いすぎて咳き込むシャノワの背を、依那は慌てて擦った。
「すみません、聖女様」
「エナでいいよ。それより大丈夫?無理しないで」
すまなそうに頭を下げるシャノワは、それでも楽しそうで、夕食会前に比べると顔色もいい。
「……こんなに笑ったの、いつぶりでしょう」
胸に手を当てて、シャノワはほっと息をついた。
「わたくしは、あまり王宮から出ないので…」
「カナンの王宮ってどんなところ?」
大胆にスリットの入ったドレスをレティに当てながら、フェリシアが聞く。
「エンデミオンの王宮は何度も行ったけど、カナンに行くのは初めてなのよね」
「そうなの?」
なんとなく意外だ。クルト族は人間と友好的だというから、てっきりカナンにも行ったことあると思っていたのに。
「カナンとは敵対はしてないけど、そんなに仲良くはないの。今の国王はそうでもないけど、エルフに失礼な王族がいたり……ね」
「…ああ…」
なんとなく、察する。歓楽街あるって言ってたもんなぁ。
スケベオヤジとか、どこにでもいそうだし。
「カナンの王城は山岳地帯にあります。レンガ造りの強固な城で、エンデミオンのような優雅さはありませんが、冬の寒さにも耐える、強い城ですわ」
「カナンって雪降るの?」
「海のある南側は降りませんが、王城のある北側は雪が降ります。新雪が積もった翌朝はあたり一面真っ白に輝いて、とても美しいんですのよ」
「へえ……」
「ご迷惑でなかったら……機会がありましたら、ぜひ皆さま王城へお立ち寄りくださいませ。父も母も、きっと大喜びいたしますわ」
「うん、行ってみたい!」
はにかむように笑うシャノワに、依那も笑顔になる。
「そういえば、あのロザリンド様は以前からシャノワ様付けの護衛ですの?星祭りではお目にかからなかったように思いますが…」
「いえ、ロザリンドは…星祭りの後から護衛についてくださっています」
髪を結い上げていた銀の飾り櫛を外し、指先で弄びながらシャノワは目を伏せた。
「わたくしも…そろそろ輿入れなので、護衛も女性の方がいいだろうと……ナイアス兄様がわたくしのために、と連れてきてくださいましたの」
「そうですか、メギド公爵様が……その…お輿入れとおっしゃいますと…?」
レティの言葉に、ためらいながらシャノワは頷いた。
「…はい。一応、魔王討伐の暁に、ということになっていますが…それが長引けば、来年の春にも…と…」
――来年の春。
このおとなしい少女は、恋多き従兄弟――ナイアスの花嫁となるのだ。そして、ナイアスはカナンの王になる。
「……………………」
その取り決めは、カナンの問題だ。完全部外者の依那が口出すことではない。
わかっているからこそ何も言えなくて、依那は唇を噛んだ。