もしも、記憶が消せるなら
「……それは……とんでもない話でしたね……」
フェリシアの絶叫に驚いて駆け付けたオルグは、事の次第を聞き、あっけにとられてソファに座り込んだ。
部屋の片隅では半泣きのフェリシアが従者二人に慰められている。
「なんでも…フェリシア様がお小さいころ、里に逗留した人間に教えられたとかで……」
おおかた、幼稚園児かそこらのちびっこエルフに、酔っ払いが『お嬢ちゃんは美人になるぞー』的なノリで吹き込んだのを、まるっと信じ込んだのだろう。
そして、あまり人間と関わる機会がなかったから訂正されずにここまできてしまったと。
……あー、240年前のその大馬鹿をぶん殴りたい。
「……なんだか……怒るに怒れなくなりましたわ…」
自分のトンデモ行動を思い返して、羞恥にのたうち回っているフェリシアを見たら、もう気の毒過ぎて何も言えない。
「てっきり、根っからの好き者なんだと思ってたぜ……」
「うええええええええん!!」
ゴルトの素直な感想にフェリシアが泣き出す。
「ああもう、判ったから。泣かないで、フェリシア。もう、あんなことしちゃだめだからね?」
「うっうっ……エナぁ……」
頭を撫でられて、フェリシアは依那の腕にしがみつく。
「とりあえず、姫様、夕食会にはこちらをお召しください!」
心なしか明るい顔つきでシルヴィアが差し出したのは、ハイネックの、上品かつシンプルなドレスだ。
きっと、いつか姫様に着ていただきたいと四次元衣装袋に忍ばせていたのだろう。
泣かせるぜ、トンデモエルフの従者たち!でもその忠誠心、もっと別の方向に使ってほしかったよね。
「さ、顔洗って用意しよ。そろそろご飯の時間だし。シャノワ様たちをまた待たせちゃいけないでしょ?」
「……うん」
まだぐしぐし目をこするフェリシアを洗面所に連れていく。それに伴い、野郎どもも自分たちの部屋へ戻ったようだ。
「あ、フェリシアさん」
いったん部屋を出たステファーノが戻ってきて、ドアのところからフェリシアを呼ぶ。
「……なぁに?」
「これ。プシュケの花から作った目薬です。目の赤みがすぐに引きますから」
「……あ…り…がと……」
呆然とするフェリシアに目薬を渡し、ステファーノは出ていく。
「よろしゅうございましたね、姫様」
「………うん……」
微笑みかけるファビエラに、フェリシアは少し頬を染めて頷いた。