国境の砦
「見えてきたぞ、あれが国境の関所だ」
しばらくは何事もなく進み、道の両脇が切り立った岩山と断崖になってきたころ。アルが左側の窓を指さして言った。
みれば、大きくカーブした道の向こう、岩山にはめ込まれるように建つ砦が見える。
砦の上には、エンデミオンとカナンの旗が翻っていた。
「あそこを越えればカナン王国だ。予定では今日中にカナン入りするはずだったが……まぁ、今日は砦に泊まって、カナン入りは明日だろうな」
なんだかんだで午前中はエルフ会談になったし、しかたないだろう。
「カナン……かぁ……」
ぶっちゃけ、エロワカメのせいであまりいい印象がない。
「どんな国?」
「国の南北で結構文化が違うな。南に行くほど開放的で、逆に北は閉鎖的で排他的。地方によっては他国の者の侵入を禁止している場所もある」
「一応、星女神ヴェリシアや創生神アルスを信仰してはいますが…国としての守護神は力の神ファボアですわね」
「それから…各地にけっこでかい歓楽街がある。そのせいか女性の地位が低いというか………女性を物扱いする風潮があるな。レティもエナも、絶対独り歩きするなよ」
「あーーー」
なんとなく、エロワカメのエロワカメたる所以が判ったような気がする。
そうこうするに馬車は砦に近づき、エンデミオン兵と思しき一団が砦から走り出てきた。
「オルグレイ殿下!」
「ご苦労様です。予定より遅くなりましたが…カナンの方々は着いていますか?」
ひらりと馬から降りるオルグに、駆け付けた隊長らしき兵士が膝を折る。
「はっ!カナン王国より、シャノワ姫殿下以下4名。すでに到着されております!」
「4名……?ずいぶん少ないですね。小隊とまではいかなくとも、1分隊くらいは引き連れておいでかと思いましたが……」
「1分隊って何人くらい?」
「だいたい8~12、3人かな。小隊で30~60人、中隊で100から300弱ってとこか」
颯太の疑問にアルが答える。颯太たちの一行が15人…エルフいれても18人。レヒト特別地区までの道案内としても、たった4人というのは確かに少ない気がする。
「御心配には及びませんわ。明日の朝には護衛の小隊が到着いたします」
涼やかな声の方を見ると、砦の門の方から黒衣の美女が歩いてくるところだった。
年のころは22、3だろうか。
緩くウェーブした亜麻色の髪をなびかせ、深い緑の瞳に赤い唇。均整の取れた身体に纏っているのは騎士服というよりは軍服にちかいが、無粋どころか、その豊満な胸元を際立たせている。なんつーか、フェロモンたっぷり。女っ気の少ない騎士やら衛兵には目の毒だよなあ、という女性だった。
「お初にお目にかかります、オルグレイ殿下。カナン王国近衛師団、シャノワ様付き小隊長、ロザリンドと申します。お着きをお待ちしておりました」
「お待たせして申し訳ありません。エンデミオン公国王太子、オルグレイです。此度はレヒト特別地区までの案内役、よろしくお願いいたします」
丁寧に騎士の礼をするロザリンドにオルグも礼を返す。
「シャノワ姫様にはお目通りできますか?」
「あいにく、姫様は今休息を…」
「ロザリンド!」
ロザリンドの言葉を遮るような、声。
門の方を見ると、侍女らしき人物を引き連れたシャノワ姫が、慌てたように駆け出してくるとことだった。
「姫様…」
一瞬、シャノワを見て眉をひそめ、ロザリンドはシャノワの方へ駆け戻る。
「姫様!まだお休みになっていませんと!」
「え……でも、ロザリンド……わたくしも…ご挨拶を…」
ロザリンドに強い口調で窘められて、シャノワは狼狽える。
「シャノワ様」
困ったようなシャノワに、オルグは大股で近付いた。
「星祭り以来ですね。お待たせして申し訳ございませんでした。もしや体調がすぐれないのでしょうか?」
「オルグ……レイ……さま……」
オルグが声をかけて微笑むと、シャノワはぱあっと頬を染める。
「おっ…お久しぶりで……ござい……ます…その、べつに…わわ…わたくしは…」
「姫様は、少々馬車酔いをなされまして」
もじもじ答えるシャノワを遮るように、ロザリンドは前に出る。
「なりません、姫様。今はお休みにならないと。また具合が悪くなりますよ」
「シャノワ様、体調が悪いんですか?」
何やらもめている様子に、依那も馬車を降りて駆け寄った。
「せっ…聖女様!」
「大丈夫ですか?シャノワ様。車酔いなら、お薬ありますけど」
依那の顔を見て、シャノワは米つきバッタのようにぺこぺこと頭を下げた。
「そ…そんな…聖女様のお手を煩わせる…ような…ただその…わたくしは……」
「シャノワ様!」
あわあわするシャノワに、業を煮やしたようにロザリンドが半分苛立った声を上げた。
「落ち着いてください!姫様!…とにかく、今は少し休んでください!お話なら、夕食会の時にすればよろしいではありませんの!」
「ロ…ロザリンド……」
「…お願いですから…わたくしにこれ以上手間をかけさせないで」
突き放すようなロザリンドの言葉に、シャノワは息を飲んでうなだれた。
「……わかりました。…では、皆様…またのちほど…」
「……あ……」
肩を落とし、侍女に連れられて戻っていくシャノワに声をかけようとして依那は思いとどまった。
代わりに、ロザリンドに向き直る。
「ロザリンドさん……でしたっけ?ちょっと、あんな言い方ないんじゃないですか?」
「……お耳汚しをいたしました。聖女様」
ロザリンドは依那に向かって丁寧に頭を下げる。
「ですが……ああでも言わないと、シャノワ様は休んでくださらないのです。そして、無理をすると…夜中に魘されたり、熱を出されたり…ですから、わたくしはきついことを申し上げるのですわ」
「どこか……お悪いのですか…?」
オルグの問いにロザリンドは首を振る。
「…これという病気があるわけでは……でも、そうですね、星祭りから帰ったあたりから、体調を崩されることが多いようですわ」
「…すみません。事情も知らずに、偉そうなこと言って」
素直に頭を下げた依那に、ロザリンドは意外そうな顔をしてから微笑んだ。
「はたから見たら不敬ですもの。聖女様が気分を害すのも当然ですわ」
それから騎士とドワーフたちにも頭を下げる。
「みなさま、ようこそカナンへ。長旅お疲れでしょう。まずはゆっくりお休みください」