お兄ちゃんは怒っています
アルが窓から帰還したのは、その夜も更けてからだった。
「あー……ひでえ目にあった…」
「!大丈夫ですか?アル!」
「まあ……どうにか」
駆け寄ったオルグの肩に頭を乗せて、アルは盛大なため息をつく。
「ったく……走って馬に追いつくんじゃねえっての……バケモンかエルフってのは……」
「アル兄、お疲れ様!ごはん、食べれるようにしてあるよ」
「おー、助かる。腹ペコだ」
とりあえず手だけ洗って、さっそく遅い食事にとりかかる。
「……で?エルフの連中はなんだって?俺が逃げてる間、シルヴィアか誰かが話にきたんだろ」
「……それが……」
「フェリシアさん、聖剣の試練に一緒に来たいんだって」
颯太の呆れたような声に、アルは口に含んだものを噴き出しそうになった。
「………は…?」
「クルトの族長殿に無理におねだりしても許可が下りず、無断で飛び出してきたそうです」
盛大に咳き込んで、どうにか息を整え、耳を疑うようなアルに、オルグもげんなりしながらため息をつく。
「今帰ったら、数十年は外へ出してもらえないので、なんとか聖剣の試練に同行し、勇者様、聖女様のお役に立ったというお墨付きをいただきたいそうですよ…」
「…まさか…お前、それ……許可してないだろな?」
「するわけないじゃないですか!断りましたよ!当然!」
唖然とするアルに、オルグもついテーブルを叩く。
「大変でしたよ……もう。私より先にレティが怒り狂って…」
「オレ、あんなに怒ったレティ、初めて見たよ」
「私だって、今までに覚えがありませんよ…」
「……で?引き下がったのか?」
「……簡単に引き下がるような方だと思います?」
据わった眼で聞き返されて、まぁ、諦めないだろうなと納得する。
「凄かったよ。でもでも、姫様はお寂しいのです、お可哀想なのです、そこをなんとか……で泣き落とし2時間」
「途中でブルム公の血圧が大変なことになりそうだったので、ご退出いただきました。レティがいなかったら、もっと長引いたでしょうね」
「姉ちゃんだけだったら、血ィ見たかも」
「……うわぁ………」
いなくてよかった、と本気で思う。
「……で、結局落としどころは?」
その質問に、オルグと颯太は顔を見合わせた。
「オレと姉ちゃんとの直接対決。明日の朝イチで」
「はああああああ?」
「勇者様と聖女様に同行を認めさせれば文句ないでしょう、だそうです」
精魂尽き果てたようなオルグに、思わずアルは詰め寄る。
「おまっ…それ、承知したのか?」
「姉ちゃんが自分でそれでいいって言ったの!オルグ兄は庇ってくれてたんだけど」
姫様はただ、お寂しくて、アルトゥール殿下に甘えたいだけなんです。アルトゥール殿下がほんのすこし、少しだけでも、姫様に優しくしてくだされば、それで気が済みますから!ああ、お可哀想な姫様…
あのとき。
グダグダ泣き落としを図ったシルヴィアの言葉。
あれは、地雷だったと思う。あの一言で依那は…そしてレティも、絶対に認めないと固く決意したはずだ。颯太もブチ切れそうになったくらいなのだから。
そうしてもう一人。
「今回のことで、あのお姫様がどれほど身勝手で、自己中心的か、外交のことなどまるで考えていないのだとよくわかりました。その従者も、同じように頭が空っぽだとね。最初に、これ以上の狼藉は許さぬと最後通告をしたつもりだったのですが、それすら通じていなかったとは。さんざんあなたに迷惑をかけて、そのうえ、フェリシア殿は寂しいのだからもっと優しくしろ?……冗談じゃありませんよ。私の大事な従兄弟をなんだと思ってるんですかね、あのエルフは」
めきっとオルグの手の中でカップが嫌な音を立てる。
「ことと次第によっては、試練が終わり次第、エンデミオン公国の名で正式に厳重抗議を行います。国際問題上等ですよ、なんなら国交断絶しても構いません」