表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
812/843

エリザベートとの遭遇


 同じ頃、黒の礼拝堂では。

 突然の叱責に驚いた依那は弾かれたようにそちらを見て、さっと顔色を変えた。


 依那の破壊で十数年……いや、数百年ぶりに陽を浴びた礼拝堂の中は明るい。

 だが、後陣の裏側になっている周歩廊まではその光も届かず、依然薄暗いままだ。その周歩廊の反対側、暗闇から浮かび上がるようにして、燭台を掲げたエリザベートが佇んでいた。


 「……よくも……わたくしのお城に……わたくしの前に顔を出せましたわね。『()()()()()()()()』さん」

 揺れる灯りの中、エリザベートは嫌悪に唇を歪める。

 「いいえ、()()()()()()!!とうとうわたくしを殺しにいらしたのね!!」

 「ちがっ……」

 見当違いな糾弾を否定しようとした依那に向かって、真っ直ぐに伸ばされた右手。その中指で赤い石が禍々しい光を放つ。

 「エナ!!」

 アルが叫ぶのと同時に、さっと身を屈めた依那の後ろで突き当りの壁が塩の結晶と化した。

 「マジ!?」

 ざっと音を立てて崩れ落ちる壁を見て青くなる依那とは反対に、自慢の攻撃を避けられたエリザベートは怒りに頬を染める。

 「よくも……」

 「ちょっ……ちょっと待って!エリザベート!!」

 鋭く舌打ちし、さらなる攻撃を加えようとするエリザベートを、必死で依那は押し留めた。

 「嘘ついたのは悪かったわ!ごめん!!でもあの時は正体明かすわけにはいかなかったの!悪気はなかったのよ!」

 「お黙り!!またわたくしを騙そうというの!!」

 「そうじゃないってば!それに、あんた、勘違いしてる!あたしたちがここへ来たのは、魔王を倒すためであって、あんたを殺す気なんてさらさらないわ!!」

 「いいえ!騙されるものですか!!わたくしの大事な祈りの場を破壊したくせに!!あなたは、おひめさまの力を恐れているのよ!!魔女が絶対におひめさまに勝てないことを知っているから!だから、わたくしの祈りの邪魔をして……わたくしを殺すつもりなのでしょう!!」

 「エリザベート!!」

 「エリザベート殿!!」


 だが、自慢の礼拝堂を半壊させられて怒り狂ったエリザベートは、依那の説得に耳を貸そうともしない。

 黒銀の檻の向こうから叫ぶアルの声すら耳に入らない様子で、指輪の攻撃を乱発し、周歩廊のそこかしこを塩に変えていく。

 「……っ…この……」

 その攻撃がアルたちのいる檻にまで及び、黒銀の格子に拳大の穴を開けるに至って、依那の我慢もとうとう限界を迎えた。


 「いい加減……人の話を聞けええぇっ!!」

 「きゃあっ!!」


 直撃させないように風魔法をお見舞いすると、エリザベートは悲鳴を上げて座り込む。

 かなり威力は弱めたはずだったが、思いのほか強い風が巻き起こり、依那は慌てて蹲るエリザベートに駆け寄った。

 「ごめん!エリザベート、怪我は……」

 ない?と聞こうとした依那の手を掴む、冷たい手。

 「……捕まえましたわ。嘘つきの魔女さん?」

 「!!!」

 にやり、と下から睨め上げるアイスブルーの瞳にはっとすると同時に、攻撃が来た。

 「ああああああっ!!!!!」

 それは、電撃に似て、非なるもの。全身を貫く衝撃と筆舌に尽くせぬ悍ましさに依那は黒銀の檻の前まで吹っ飛ばされる。

 「エナ!!」

 「エナ殿!!」

 「………ようやく、大人しくなりましたわね」

 格子に縋りつくようにして叫ぶアルたちを無視して、ゆっくりとエリザベートは動けない依那に向かって歩き出した。


 「ちょこまかと逃げ回って、わたくしの大事な礼拝堂に傷を付けさせて……アルフォンゾ様に窘められたから、今度はわたくしの手でここを破壊させるつもりだったのでしょう?なんて恐ろしい!なんて邪悪な魔女なの!!」

 憎々し気に吐き捨て、エリザベートは依那のすぐ脇まで来て立ち止まる。

 「さあ、もう逃げ場はなくてよ。嘘つきの魔女。さっさとアルフォンゾ様にかけた呪いを解きなさい!さもないと……」

 そう言いかけて、エリザベートはその柳眉を顰めた。

 「あなた……指輪をどうなさったの?()()()()()『王の心』を掠め取って嵌めていたはずでしょう?」

 アイスブルーの瞳が射るように依那の右手を見つめる。その瞳は見る間にぎらぎらと凶暴な光を湛えていく。

 「まさか……あなた……失くしたのではないでしょうね!あの指輪はわたくしに贈られるべきものなのよ!」

 「エリザベート!!」

 まだ動けない依那に掴みかかろうとするエリザベートを呼び捨てにすると、はっとエリザベートはアルを見た。

 「美しいエリザベート。案ずることはない。『王の心』は、ここにある。ほら、ここに」

 「まあ!アルフォンゾ様!!」

 取り出した指輪の匣を見せると、エリザベートはぱっと顔を輝かせる。

 「ああ!アルフォンゾ様!嬉しいわ!()()()()()()()()、魔女からその指輪を取り戻してくださったのね!!」

 飛びつかんばかりに格子に縋りついたエリザベートに曖昧に微笑んで、アルはすっと顔を引き締めた。


 「……その前に。あなたにお渡しするべきものがある」






 一方で、東の階段を駆け上がり、祈りの塔へと辿り着いた颯太とレティは。

 

 「白い部屋!!アルコーヴの宗教画……あれだ!!」

 「これに触れればいいのですわね!!」


 塔の最上階の白い小部屋に駆け込んだ二人は、転がるようにして狭いアルコーヴに飛び込む。

 颯太がオルトを構え、レティが用心深くその宗教画に触れると、ややあってその壁が消え失せ、さらに上へ続く白い階段が現れた。

 「階段!!」

 「道が開くとは、このことだったのですね……」

 一瞬息を飲み、それから顔を見合わせて頷き合うと、二人は階段に足をかけた。数段階段を上ったその背後で、ふっと今いたアルコーヴが掻き消える。

 「ソータ様!!」

 「……進むしかない……ってことだよね」


 前を見据えれば、果ても見えないほど長い長い階段が続いている。外から見た塔の高さにはとてもそぐわない。おそらく―――ここはもう、魔王の領域なのだろう。


 「……行こう!レティ!」

 「はい!ソータ様!」

 もう一度頷き合い、二人は階段を上り始めた。






 シャノワの居間で木の実と桜貝を見比べる二人も、混乱の中にいた。

 「ひ……姫様が?そこにいるって……どういうことなの!?」

 「わ……わかんないわよ!でも、この光は、エルフの桜貝の光だわ!声を届ける魔法具の!シャノワも身に着けてたはずなのよ!」

 「!あ、あの……」

 フェリシアの言葉に、シャノワの身の回りの世話をしていたジュリアも息を飲む。オルグの指輪とともに、シャノワが肌身離さず身に着けていた唯一の装身具に心当たりがあったからだ。


 「じゃあ……じゃあ、姫様のお身体は……()()()は、この中にあるというの!?」

 「判らない……判らないけど……シャノワは世界樹の剣で命を絶ったのよね?だったら………もしかしたら……」

 唇を噛み締め、フェリシアはジュリアに向き直った。


 「ジュリア……さっき、わたくしをここへ転移させたわよね?ウルリーケから助けてくれたとき。あれ、もう一度できない?どうにかしてエナを探して……エナを連れてくるの!わたくしたちが向こうへ行くんでも良いわ!」

 「それは……無理よ。ここは魔王様の領域だもの。わたくしは、魔王様の領域に引き込むことはできるけど、送り出すことはできないの。それに、エナって、聖女でしょう?人や亜人ならまだしも、魔王の領域とは相容れない聖女を引き込むなんて、わたくしにはとても……」

 「そんな!じゃあ、大サロンの方へ戻るには!?」

 「……無理ね。以前は階段を使えば行き来ができたけれど……今は、魔王様が領域を異界に繋げたから……この領域と、通常の夢幻城は切り離されているの。見通すだけならできなくもないけど……あなただって、転移ができなかったから聞いているんでしょう?」

 「う……」


 ジュリアの指摘に、フェリシアも項垂れるしかなかった。

 夢幻城の結界はほぼ切れたとはいえ、黒の礼拝堂の浮上で座標がズレた今、転移魔法を使うのは不可能に近い。おまけに念話も阻害され、大サロンにいるはずのエルトリンデたちに連絡を取ることもできない。


 「……とりあえず、状況を把握だけはしてみるわ。……見るだけになってはしまうけど……」

 がっくり肩を落とすフェリシアを気遣うように、ジュリアはさきほどフェリシアが乗り越えたテーブルに両手を翳した。とたんに磨き抜かれたその表面に、魔物と戦う騎士たちの姿が映し出される。


 「カノッサ!ファラム!!」

 その混戦の中に見知った顔を見出してフェリシアは思わず声を上げた。

 「……知り合い?」

 「そうよ。……あんただってカノッサには会ってるでしょ?分岐点の宿やなんかで」

 「そ……うだったかしら……覚えてないわ。悪いけど」

 肩を竦め、ジュリアは映像をぐるりと展開させた。


 「聖女は……いないようね。もう城内に入ったのかしら……」

 「ねえ、この魔物は何?キルヌ……とは違うみたいだけど」


 テーブルを指差し、フェリシアは尋ねた。

 騎士たちと戦っている魔物たちは、身の丈2メートルから3メートル。『海トカゲ』とも呼ばれるキルヌという魔物に似てはいるが、それにしては少し形が違うし、サイズも小さすぎる。


 「これは、厳密に言ったら魔物じゃないわ。闇堕ちや穢れ堕ちした()()()()()()()()よ」

 一瞬躊躇って、ジュリアは淡々とそう答えた。


 「人間!?」

 「ええ、そう。……亜人の成れの果てもいるかもしれないけど。魔に堕ちて、知性を保てなかった者はね。ああいう、どっちつかずの魔物に成り果てるのよ。そして、力のある魔人や上位の魔物に操られて、人を襲う……」

 「そんな……」

 無慈悲な言葉に、フェリシアはゆるゆると首を振った。


 甘やかされて育ったフェリシアとて、『魔精霊の夜』も、騎士たちの中には身内が魔に堕ちた者もいると知っている。その彼らが………自分たちの身内かもしれない者と戦わなければならないというのか。

 いや、エナがいなければ自分だって―――魔人だった(フェリド)と戦う羽目に陥ってたかもしれないのだ。


 「……聖女は外にはいないようね。城内を映すわよ」

 フェリシアの動揺にあえて気付かないふりで、ジュリアは映像を城内に切り替えた。

 大サロンのエルトリンデやフェリド、ミーアたち、自室で頭を抱えるナイアス、侍女たちが集められた大広間などが次々に映し出される。


 「……おかしいわね……城内にもいない……?」

 呟いて新たに映像を切り替えたとき。


 「!!!」


 映し出された映像に、二人は思わず息を飲んだ。

 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ