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 からり、と微かな音を立てて石ころが瓦礫の上を転がっていく。

 轟音が収まった後の黒の礼拝堂は、見るも無残な有様だった。


 東側の壁から西側へ、貫通するように大穴が開いている。

 東側は壁が割れた程度だが酷いのは西側で、身廊の一角は崩れ落ち、天井にもぽっかりと大穴が開いて青空が覗いている。

 もうもうと立ち込める埃を切り裂くように、割れ崩れた壁やその穴から陽光が差し込んでいるのがいっそ美しいくらいだ。


 「……あっちゃ~~~~」

 そして、その東側の割れ目から少し中へ入った柱の陰では、下手人たる聖女が頭を抱えていた。


 「……やっべ……まさか、こんなことになるとは……」

 少し収まってきた埃を透かし見るように、あたりを見渡す。


 依那だって、まさかこんなことになるとは思っていなかったのだ。

 魔王の本拠地(疑惑)とはいえ、由緒正しい礼拝堂だ。神社仏閣と一緒だ。誰も、好き好んで破壊したいわけじゃない。

 ただ、扉も窓も開かないうえに触るとビリっと来るから、ちょーっと斬撃飛ばして入れるくらいの穴を開けようと思っただけなのだ。

 ………それなのに。

 アルタの一振りで壁は呆気ないほど簡単に割れ、あまつさえその余波が反対側まで貫通してしまうとは。


 「ま……まぁ、16年も湖の底にあったっていうし?経年劣化もあったよね?……うん、多分……」

 誰に言うでもなく言い訳を呟きつつ堂内を見渡して、依那はぞくりと身を震わせた。


 ……見覚えがある。


 崩れかけた身廊も、袖廊も、内陣も……そして丸天井の下の、あの魔法陣も。

 陽の光に照らされて印象が変わっているとはいえ、そこはあの時―――獣人たちと一緒に潜入した、()()()()()()()()()()()()()


 「じゃあ……やっぱり夢幻城が……ここで、他国召喚を行ってたんだ……ううん、夢幻城が建つ前から、ずっと、ずうっと……」

 ぎゅっと手を握り締め、依那は主祭壇に目をやる。だが、そこにはあの時見た目隠しされた大聖女像はなかった。


 「……ここじゃない……じゃあやっぱり祈りの塔?それとも……」

 はっとして、依那は後陣の裏側、チャペルに向かって走った。


 ()()()()殿()()()()()()()()()()()()()()()()()


 一つ目のチャペルは空だった。二つ目も。そして、三つ目に差し掛かった時。


 「アル!?」

 「エナ!?」


 びっしりと目の詰んだ黒銀の檻の中、意外な相手の姿を認めて、依那は慌てて格子へと駆け寄った。

 「どうしたの!?何これ!!なんでこんなとこに!?いや、なにその後ろの……石像!!?」

 「お前こそ!!一人か!?ラウたちと一緒じゃなかったのか!」

 「おお!エナ殿!!ご無事で何よりです!!」

 アルとエリアルドも慌てて格子に縋る。

 「あたしはエリシュカ様のおかげで一足先にこっちへ!それで、ついさっき礼拝堂に潜入したとこ!」

 「!!じゃあ、まさかあの轟音は!」

 「わわわざとじゃないもん!!ちょっと斬ろうとしただけだもん!!!」

 破壊行動を指摘され、早口で言い訳をしつつ、依那は一歩退いてアルタの柄に手をかけた。


 「下がってて!!とにかく、今その檻斬るから!」

 そう言って、今まさにアルタを抜こうとしたその瞬間。

 

 「何をしていらっしゃるの!!!!」

 

 甲高い、怒りの籠った声があたりの空気を切り裂いた。







 黒の礼拝堂が崩れた轟音は、微かだが魔王の領域にも響いていた。

 シャノワの居間で手を取り合い、哀しみに沈んでいたフェリシアとジュリアは、その微かな音にはっと意識を引き戻された。


 「……あ……わたし……」

 気まずげに手を引くジュリアの手を放し、フェリシアは小さく息をつく。

 この哀れな魔人を責める気持ちは、もはやフェリシアの中から消え失せていた。

 むしろ、彼女は自分と同じ―――たいせつな人を失った痛みを抱え、苦しんでいるのだ。

 「じゃあ……あんたもシャノワが死んだところを見たわけじゃないのね?」

 「ええ……姫様ったら、わたくしが目を離した隙にこの部屋を抜け出して……あんなことになったんですもの。この部屋の扉には、人の子が通り抜けられないよう封印を施してあったというのに。だから、あのかたが亡くなるのを目の当たりにしたのは魔王様とナイアス様だけ」

 「魔王と……ナイアスが……」

 フェリシアはジュリアに見えないように、血が滲むほどに固く拳を握り締めた。


 シャノワが何故自ら命を絶ったか―――その経緯を、フェリシアも聞き及んでいる。その原因たるナイアスがその後どうなったかも。

 だが、それに対する同情はこれっぽちも湧いてこなかった。

 むしろ、ざまあみろと言いたい。

 襟首引っ掴んでガクガク揺さぶったのち、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせかけ、自分の罪を思い知らせてやりたい。


 「……見事だった……って……潔い、見事な…最期だっ…た……って……」

 フェリシアの怒りには気付かぬまま、ジュリアは懐から取り出した、萎びた木の実のようなものをそっと撫でる。

 「……何故……かしらね。わたくし、以前は泣けたのよ?こんな姿になった後も。この部屋を片付けた時だって、さんざん泣いたわ。なのに………今は泣けないの。………きっとこうやって……わたくしは、どんどん、心まで化け物になっていくのね……」

 「……ジュリア……」


 それは違う、と言ってやりたかった。

 きっとジュリアは―――シャノワの死を知ったそのときに、泣いて泣いて……涙が枯れ果ててしまったのだ。

 でも、今口を開いたら泣いてしまいそうで……泣けないと嘆く彼女の前で涙を零してしまいそうで、フェリシアは唇を噛んでこみ上げるものを堪えた。


 「……ひめさま……」

 ―――シャノワ……


 ぎゅっと、大事そうに木の実を包み込むジュリアの肩にフェリシアが手を置いた………そのとき。


 「!!」

 「!?」


 不意に、淡い桜色の光が瞬いた。

 ひとつは、ジュリアの手の中から。

 そして、もう一つはフェリシアの胸元から。


 「こ……これは……」

 慌ててジュリアは手を開き、フェリシアは胸元から桜貝のペンダントを引っ張り出す。

 木の実と桜貝は、脈動するように、同じリズムで淡い桜色の光を放っていた。


 「これ……って……」

 「……共鳴……?」

 呆然と二人は桜色の光を見つめる。


 「ジュ……ジュリア?それ……」

 「……わからないわ……魔王様がくださったの……姫様が死んだときに。てっきり、棄てておけということだと思っていたけど……」


 何の説明もせず渡された、みすぼらしい木の実。

 だが、何故かジュリアはそれを捨てることができなかった。馬鹿馬鹿しいと思いつつも、あの青いリボンの棒同様に手許から離せなかった。


 「……埋めてしまおうかと思ったの。木の実なら、芽が出るかもしれないって……でも、こんな呪われた城に埋めるのは嫌……だから、いつか王城の庭に……よく姫様が隠れてた、ジャスルの茂みの傍にでも植えてあげたいって……」

 「……魔王……が……」

 震える手で、フェリシアは桜貝を握り込んだ。その手の中で、桜色の光はいっそう強さを増す。


 握り込んで呼び掛ければ、どんなに離れていても声を―――想いを届ける桜貝。


 「あん……た……なの……?……()()()……()()の………?……シャノワ……?」


 涙声で呼び掛ければ、木の実の光は応えるように力強く瞬いた。




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