トンデモエルフが現れた!
翌日の行程は何事もなく過ぎ。
夕方には、一行は予定通りミルダーの街についた。
国境沿いの街ということで、小さな村みたいなのを想像していたが、結構大きい街で、先日のライカと同じくらいの規模はある。
「ではまず、宿に参りましょう。クルト族の使者殿もそこへ……」
馬で先導するエリアルドが馬車の方を振り向いてそう言ったとき。
「アーーーーールーーーーー!!!」
鈴を鳴らすような声とともに、何かが上空から降ってきた。
無表情で、アルが馬ごと回避する。
降ってきた何か、はひらりと着地すると、気にもしない様子で馬に乗ったままのアルに駆け寄った。
「相変わらず、照れ屋さんねえ。恥ずかしがることな・い・の・に♡」
「知らん。照れてない。あっち行け」
顔を背けるアルにめげることなく、そのエルフは馬に乗ったままのアルの足をつんつんつついてくすくす笑った。
「やだもう、そんなにわたくしに会いたかったの?……カワイイ子♡」
その様子を、馬車の窓から姉弟は唖然として見つめた。
「……なに……あれ……」
「…あれが、フェリシア姫ですよ…」
颯太の向かいで、オルグが無表情になっている。あ、これは怒ってる…!
「ア…アルトゥール殿下!」
「申し訳ございません!お怪我は!」
「クルトの使者殿か」
気を取り直したらしいエリアルドが、遅れて駆け寄ってきた二人のエルフに馬を向けた。
「我らは今到着したところ。歓迎の意はありがたいが、時と場合は弁えていただけぬか」
「誠に申し訳ございません!」
厳しい言葉に、ますますエルフたちは恐縮するが、当の姫は素知らぬ顔だ。
「もう、うるさいわねえ。……ねえ、ア~ル~?どこか二人きりになれるとこ、行かない?」
「姫様!いい加減になさいまし!」
「アルトゥール殿下も困っておいでですよ!」
アルのブーツを指先でつつ…と撫で、しな垂れかかるエルフの姫を、お付きらしいエルフが二人がかりでいさめるが彼女は聞く耳を持たない。
「うるさいわね!わたくしはアルと話しているのよ!邪魔しないで!」
などと、お付きエルフの手を払いのける始末だ。
深いため息をついて、アルは馬車の方を見た。
『らちが明かん。俺はこのアホ女を撒いてくるから、先に宿屋へ入っててくれ』
念話でそう告げるなり、アルは街の外へと馬を走らせた。
「ああん!もう、待ってよ、アル~~!」
「姫様!」
走って追いかけるフェリシアと、それを追いかけるお付きの片割れ。残されたもう一人のエルフは半泣きで馬車に向かって頭を下げた。
可哀想な気もするが、しかたない。
一行はその場を離れ、宿へ向かった。
宿に到着すると、奥まった離れへと通される。本館からは隠れた、こじんまりした建物だった。
「手狭で申し訳ありません。こちらなら、その、護りが強固ですので」
……ああ…エルフ対策なわけか。
「いやはや…噂には聞いていましたが…」
「すさまじかったですね…」
荷馬車から荷物を下ろす騎士たちも困惑顔だ。…だが。
「しかし……美しいものだなぁ、エルフというのは…」
「あんな美女、初めて見ました…」
「クルトの森で会ったエルフも美しかったが、あの姫君は別格だな。いやちょっと殿下が羨ましい」
「一度でいいからあんな美人に迫られてみたいっすね!」
などと、野郎どもは鼻の下を伸ばす。
「…殿方って…」
「サイテー」
だったらアルと代わってやれよ、と思いつつジト目で見てしまう。
「いい加減にせんか!貴様たち」
そんななか、真面目一辺倒のエリアルドだけは平常心で、浮つく騎士たちを叱り、てきぱきと役割を割り振っていく。
「さすがだね~、エリアルドさんは」
「団長は堅物すぎて、『魅了』とか『誘惑』とか効かないっすから…」
「リート!」
などと、いらんことを言ったリートがエリアルドに叱られている。
そういえば、騎士団の連中も言ってたな――エリアルドは鉄の精霊トトスの強力な加護を受けてるから、鉄のように頭が固い、って。
「なんか……確かに美人だけど、気持ち悪い人だったね……」
颯太が嫌そうに腕を擦る。アルに対する所業は、見てるだけで鳥肌立ったらしい。
「今回は坊主に行ったなぁ」
「坊主、うまく逃げられりゃいいが……」
「そのへんは、アルなら大丈夫だと思いますが…」
「殿下!」
とりあえず奥の広間に落ち着いて話をしていると、玄関で警備にあたっていたヨハンが顔を出した。
「エルフの方が…あ、お付きの方のほうですが…殿下にお会いしたいとお見えです」
「……では、来客の間でお会いします。ブルム公、同席をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「おう。お姫さんと、嬢ちゃん、勇者の坊主も当事者だ。一緒に来た方がいいだろうな」
ブルムに促されて、玄関に一番近い来客の間に移動する。そこには先ほどの半泣きエルフが佇んでいて、オルグを見るなり凄い勢いで頭を下げた。
「オルグレイ殿下!このたびは、フェリシア姫が大変失礼いたしました!アルトゥール殿下へのふるまい、お詫びのしようもございません!」
「まあ、お座りください。シルヴィア殿」
土下座の勢いに、オルグも苦笑して彼女にソファをすすめる。
「まずはご紹介しましょう。此度の勇者、ソータ殿。聖女、エナ殿。ソータ殿、エナ殿、こちらはエルフのシルヴィア殿。フェリシア姫の従者です」
「こんにちは、初めまして」
「よろしくお願いします」
「勇者様、聖女様……お見苦しいところをお見せして申し訳ございません!」
挨拶すると、シルヴィアは米つきバッタのようにペコペコ頭を下げた。
「フェリシア姫の暴走は今に始まったことじゃないが……坊主も王子様ももう一人前の大人だ。いいかげん、他国の王族にベタベタまとわりつくのをやめさせるべきじゃねえのか?」
「……お叱り、ごもっともでございます…」
ブルムの苦言に、シルヴィアはしょんぼりする。
「…フェリド王子様があのようなことになってしまわれて……族長様はよけいにフェリシア様を不憫がって……もちろん、だからといって皆様にご迷惑をおかけしていいわけはございません。ただ、姫様もお寂しいのです……ですから……」
シルヴィアの言い分に、依那はイラっとした。
確かに、お父さんが自分より人間の親友を大事にしてたり、おまけに闇落ちしちゃったり、大変だとは思う。依那には判らないような辛さも、苦労もあると思う。
だけど、辛いから、寂しいからって言って、あんなのを許容しろと言うんだろうか?この人は。
「お寂しいから……なんですの?」
だが、依那が声を上げる前に、レティが酷く冷静に告げた。
「わたくしは、母を知りません。母が亡くなったのはわたくしが1歳で兄が8歳の頃でしたから。同じく8歳でアル兄様もご両親を目の前で失っておられます。でも、わたくしたちは寂しいからと言って、あのようなふるまいをしようと思ったことはございませんわ」
「レ…レティシア姫殿下……でも…姫様はお可哀想な方なのです……ですから……ただ…もう少し………」
「…もう少し…なんですの?」
「……いえ……」
氷のような眼差しに、シルヴィアは言葉を失った。
「シルヴィア殿。あなた方にも事情はあるでしょうが、こちらもこれ以上の狼藉は我慢の限界だということを覚えておいていただきたいですね」
静かに最後通告を突きつけて、オルグは小さく息をついた。
「……まぁ、あなたを責めても仕方ないのもわかります。……では、事務的な話をいたしましょう。こちらはここに一泊し、明日にはカナン入りする予定ですが、そちらのご予定は?当初の話し合いではクルト族は魔王討伐の最終段階まで参戦しないということでしたが……」
「……それが……」