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導きの声

 沢井 颯太は普通の中学一年生である。


 とりたてて頭がいいわけでも、秀でた特技があるわけでもない。運動神経はいい方だが、小学校のころから続けてる剣道だってせいぜい県大会レベルだ。本当にどこにでもいる、普通の少年だったのだ。………ほんの、一週間前までは。


 ………あのとき。


 一週間前のあの夜、颯太はただ普通に冷やしていたスイカを取りに行っただけだった。

 晩御飯のカレ―はできているし、もうすぐ前田が依那を拾って合流するはずで。沢から程よく冷えたスイカを回収して、さて、と思った瞬間。


 ふわり、と光が舞った。


 「え!?なに!?でっけ―ホタル!?」

 驚いて目を見開く颯太を取り巻いて、光はますます数を増す。そして。

 無数の光は水の上に見たこともない美しい少女の姿を象った。


 『勇者様…………』


 「………」

 とんでもなく可愛い女の子を前にして、思わずぽけ~~っと見とれてしまった颯太に罪はないだろう。

 ……だから。


 『どうか、お助けください。勇者様。わたくしたちの世界を。どうかお力をお貸しください』


 大きな瞳を潤ませて懇願する少女に、ついうっかり「うん」と頷いてしまったのだ。


 「……そしたら、こ―なっちゃったんだよねえ……」


 豪華な部屋の中、天蓋付き(!!)のベッドに眠る依那の傍らで颯太はぼやく。

 あのとき、少女の懇願に応えた次の瞬間、颯太はアルス神殿の中央にいた。スイカ抱えたままで。

 周りにはオルグレイはじめ召喚者の皆さん(アルス神殿に仕える神官と魔導士たちだと後で知った)と、それから。


 「エナ様はもうすぐお目覚めになりますわ。大丈夫ですよ、ソータ様」

 眠る依那の看護をしてくれていた少女が振り向いて微笑む。

 レティシア・オルカ・エンデミオ。オルグレイの妹――つまりはこの国のお姫様だ。そして、あの時水の上に浮かび上がった少女でもある。

 「…うん。ありがと…」

 こっちに来て一週間、彼女を前にするとまだ照れてしまう。だって可愛いんだもん!!

 「ね―ちゃん、頑丈なのが取り柄なんだけどなあ…」

 「界渡りはひどく体力を消耗しますから……」


 あの時、こちらに呼ばれた颯太は、オルグレイの説明を半分も聞かないうちに気絶した。導き手として召喚の儀に参加したレティシアも、颯太召喚を見届けて倒れたというし、界渡りの負担が大きいのは間違いないだろう。

 「……ん……」

 「!ね―ちゃん?」

 小さく呻いた依那に、慌ててベッドを覗きこむと、依那は一、二度瞬きをしたあとゆっくりと目を開けた。

 「……颯太……」

 「ね―ちゃん!大丈夫?俺がわかる?」

 「………うん……!そうだ、ここ!」

 不意にすべてを思い出し、飛び起き…ようとして、めまいを起こした依那を、颯太とレティシアが左右から支える。

 「ね―ちゃん!」

 「聖女様!ご無理をなさっては」

 レティシアを見て、今度は依那が絶句した。

 「……ドチラサマデスカ…?」

 「失礼いたしました。聖女様。わたくしはレティシア・オルカ・エンデミオ。オルグレイの妹でございます。聖女様の身の回りのお世話をさせていただくため、お傍に侍らせていただいております」

 「…お傍に…って……」

 優雅に淑女の礼をするレティシアにド庶民の姉弟は驚きを隠せない。第一。

 「……あの…レティシアさん?その、聖女様、ってのは何?あのオルグレイって人もそう言ってたけど」

 「聖女様は聖女様です。勇者様とともに異世界よりこの地に降り立ち、魔王を倒すための力を持つお方をそうお呼びしています」


 …………ダメだこりゃ。


 姉弟は思った。まったく話について行けない。

 「……颯太、あんた何か知ってる?」

 「…う~ん、魔王倒さないと帰れないとか、勇者と聖女にはものすごい魔力があるとかは聞いたけど」

 「魔力!?」

 「でもさぁ、全然わかんないんだよね。魔力って言うからには、魔法が使えるのかな―っと思ってゲームの呪文唱えてみたけど、何も起こらなかったし…」

 「うっわ~……いよいよ怪しくなってきた……」

 ベッドの上で額を突き合わせぼそぼそと作戦会議する姉弟だったが。


 「…だから、勇者だけいれば十分だと言っているだろうが!」

 「そうは言っても、現に聖女様は召喚されているのだから…」

 「聖女ならレティがいるではないか!これ以上聖女は必要ない!」

 廊下から口論が近づいてきたと思ったら、バン!と荒々しくドアが開き、入ってきたのはオルグレイと銀髪の男、そしてどっかで見たような赤毛だった。起きている依那を見て、三人とも気まずそうな顔をする。

 「…お兄様がた、女性の部屋に入るときはノックをすべきですよ」

 「…これは失礼した」

 レティシアの叱責に、三人は意外なほど素直に頭を下げた。

 「聖女様、お加減はいかがでしょうか」

 「お目覚めとは思わず、大変失礼をいたしました」

 「………」

 黒髪・銀髪・赤毛の順で依那たちにも頭を下げてくる。……赤毛に睨まれてる気がするが、まあ、そこはスル―で。

 「……あなたたちは?」

 「申し遅れました。神官長のサ―シェス・ストル―ンと申します。こちらは第二王太子のアルトゥ―ル・エルク・エンデミア殿下」

 銀髪…サ―シェスの挨拶にも、赤毛…アルトゥ―ルは会釈するのみ。ちょっと感じ悪い。

 「お体の方がよろしければ、お二方には王に目通り願えますでしょうか。……詳しい説明はその場で」

 サ―シェスに深々と頭を下げられては従うしかなく。

 依那と颯太は王の間へと向かうことになったのだった。

 

 「……王様かぁ……」

 用意を、とのことでレティシアと侍女が三人を追い出し、着替えを手伝うというのをどうにか固辞して自力で着替えながら、依那はため息をつく。

 「王様とか、王子様とかお姫様とか。……もう頭が爆発しそう」

 「普通なら一生縁がない単語だよね…」

 はは、と颯太も衝立の向こうで乾いた笑いを漏らす。

 「つ―か、なにアレ!この世界の美的基準ってど―なってんの!?」

 「眩しいよね!まばゆいよね!?」

 オルグレイ、サ―シェス、アルトゥ―ルにレティシア。揃いも揃って拝みたくなるほどの美形だったのだ。

 レティシアは、透けるように白い肌に大きな菫色の瞳、ふわふわの薄桃色の髪という、アイドルもモデルも裸足で逃げ出すような美少女だし。

 銀髪のサ―シェスは、青い瞳の怜悧なク―ルビュ―ティ、赤毛のアルトゥ―ルも意志の強そうな緑の瞳が印象的な、凛とした美形だ。……目つきは悪いが。


 「…美形って、遠くから見てる分にはいいけど、近寄ったらある意味視覚の暴力だよね……」

 「……うん……」

 一般人には心臓に悪いことこの上ない。そのうえ、あの美形集団に混ざれというのか。なにその苦行?

 「お二人とも、準備はよろしいでしょうか」

 扉の外からかけられた声に、依那は大きく息を吐いて気合を入れなおした。

 


 オルグレイたちに案内されて広々とした回廊を抜け、ひときわ重厚な扉の前で立ち止まる。

 「勇者様、聖女様のお着きでごさいます」

 扉の両側に控える衛兵たち。青い服の従者が呼ばわり、ゆっくりと扉が開かれる。まるで映画のワンシ―ンのような光景。

 扉の向こうはこれまた豪華な広間で、扉から奥の王座まで踏むのが申し訳ないほど美しい絨毯が伸びている。その両脇にはこの国の重鎮だろう、ザ・貴族!という感じの人々。壁際にはこれまた衛兵が列になって控えている。王座に目を向ければ、いかにも「王様」らしい国王陛下がゆっくりと立ち上がり依那たちを迎えた。

 「ようこそ、勇者ソータ殿、聖女エナ殿。この国の王、ゼメキス・ト―レ・エンデミア、心よりお二人を歓迎いたします」

 王の言葉に、一斉に家臣たちが腰を折る。その迫力に気圧されそうになりながらも、依那は顔を上げ、はっきりと口にした。


 「私たちを、帰してください」


 一瞬にして場が凍り付く。


 「あなた方が危機にあることは聞きました。……でも、それは私たちには関係ないことです。帰らせてください。今なら誘拐の罪は問いません」

 「なんと!」

 「誘拐とは!」

 「王に向かってなんという口を!」

 どよどよとどよめく家臣たちをキッと睨みつける。

 「誘拐じゃないですか!勇者だか何だか知らないけど、勝手に呼び寄せて、そのうえ、魔王を倒せ?冗談じゃないわ!颯太はまだ12歳ですよ?どんな基準で選んだか知らないけど、間違ってます!私たちにはなにもできません!帰して!」

 「聖女様、どうか……」

 「触らないで!」

 おろおろと近寄ってきた男に叫ぶ。と、依那の体から光の波が迸り男を弾き飛ばした。

 「!」

 「おお!」

 「……なに……今の……」

 どよめく周りよりも、依那自身が一番驚いて息をのんだ。


 …光った……?今の、あたしがやったの?…あたし、どうなっちゃったの?


 「……なによ……なんなのよ!もう!帰らせてよ!誘拐犯!人さらい!あんたたちのせいで、こっちがどんなに苦しんだと思ってるのよ!颯太が行方不明になって、全部お母さんのせいにされて……お母さん、倒れて入院しちゃったんだからね!あたしまで行方不明になって、またお母さんがどんな目にあってるか……帰らせて!帰らせてってば!」


 混乱と、怯えと、悲しみと。


 感情が爆発して抑えられない。

 泣き叫ぶ依那の周りで光と風が渦を巻き、タペストリ―や幕が引きちぎられ壁にヒビが入る。

 「エナ!」

 がしっと腕を掴まれ、強く揺さぶられてふっと理性が戻る。

 「……話は聞く。だから、落ち着いてくれ。……頼むから…」

 至近距離から覗きこむ、緑の瞳。

 「………あ……」

 「言いたいことは山ほどあるだろう。全部聞く。だから落ち着いて、力を収めてくれ。このままでは城が壊滅する」

 「……え……と…?」

 両手首を掴まれたまま真剣に諭されて、やっと依那は周りを見渡す余裕を取り戻した。同時に、あたりの惨状に硬直する。

 天井から下がっていた幕や壁のタペストリ―は無残に切り裂かれ、絨毯は半分どっかに飛ばされている。壁には所々ヒビが入り、シャンデリアは半壊して見るも無残な有り様だった。

 「……こっ……これっ……あたしが……?」

 「…そのようだな」

 ふう、と息をついてアルトゥ―ルは依那の手を離した。

 「判ったろう?間違いなどではない。お前たちは、正しく選ばれたのだ。だから、話を聞いてその馬鹿げた魔力の使い方を学んでくれ。これ以上被害を出す前に」

 「アル兄様!…大丈夫ですよ、聖女様!人的被害は皆無です!」

 身も蓋もない言葉に肩を落とす依那をレティシアが励ましてくれるが……それって大丈夫って言うの?

 「……すみませんでした…」

 「……ああ、いや……それでは、改めてお二方。まずは〈導きの声〉を聞いていただくがよろしかろう」

 しょんぼり謝る依那に苦笑しつつも王はサ―シェスに頷き。二人はまたアルス神殿へと連れてこられたのだった。

 


 「……ここは?」

 二人が連れてこられたのは、昨日の大聖堂ではなくその奥にある小さな礼拝堂だった。

 「ここは大聖女の間。はるか古の昔、異世界より界を渡りて世界を救った、初代の聖女様をお祀りした神殿でございます」

 正面の祭壇には美しい女性の石像が立ち、依那たちを見下ろしていた。白い花に囲まれた石像の胸には卵くらいの大きさの、青い涙滴型の宝玉が埋め込まれていて、淡い光を放っている。その顔は慈愛に満ちていて、どこかレティシアに似ていた。

 「お二方、こちらへ」

 サ―シェスは石像の足元にある水盆に水を満たすと何事か口の中で唱え、二人を招いた。

 「右手を水の上に。指先で触れてください」

 「……?」

 二人は顔を見合わせ、それから言われたとおりに右手を伸ばし、そっと水面に触れた。


 その瞬間。


 水盆からすさまじい量の水が溢れ出し、二人を包み込んだ。

 そして、頭の中に響く、声。


 〈勇者、そして聖女よ……私は導きの声……あなたたち界を渡りし者たちを導く声……〉

 

 「なっ…なにこれ!颯太、聞こえる?!」

 「聞こえる!ね―ちゃんも!?」


 〈この世界は今滅亡の時を迎えています。魔王が蘇り、魔族は跳梁し、『穢れ』が地上の命を喰らい尽くすでしょう。あなた方が召喚されたということは、その時を迎えたということです〉


 慌てる二人を無視して声は続く。


 〈魔王はこの世界の子には倒せません。普通の攻撃では魔王を倒しても魔王の魂は肉体を乗り換え、また蘇るでしょう。それを阻止するためには、聖女が聖結界を張り、勇者が魔王の肉体と魂を滅ぼすこと。それしかありません。聖結界を張れるのは界を渡った聖女だけ、魔王を滅ぼす聖剣を扱うためには界を渡った勇者の力が必要なのです〉


 「なにその他力本願!」


 〈勇者と聖女が界を渡った瞬間に、異世界との扉は閉ざされました。魔王を倒さないかぎり再び扉を開くことは叶いません。…魔王を倒すことでしか道は開けないのです〉


 あまりのことに言葉もない二人の脳裏に、歴代の勇者と聖女の――そして人々の戦いの記憶が映し出される。続いて、この世界の歴史……魔法の……力の使い方も……


 〈勇者、そして聖女よ。どうかこの世界を、世界に生きる人々をお救いください。お二方だけが最後の希望なのです。どうか創生神のご加護を…〉


 永遠とも思える時間の末、祈りの言葉を残して〈導きの声〉は消えた。

 同時に二人を取り囲んでいた水の壁も掻き消える。

 「…………」

 頭に直接流し込まれた情報量に、二人は黙り込むしかできない。

 言葉もなく立ち尽くす二人にかける言葉もなく。


 大聖女の間は沈黙に支配されたのだった。 


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