異形の魔人
なんと!
先週投稿したつもりができてなかった!!
ということで、慌てて投稿です
『エナ様!!』
「危ない!!」
突然目の前に口を開けた大地の裂け目に、ラウと彼らに付き従っていたドラゴニュートやエルフの大半は瞬時に反応し飛び退った。
動顛して反応が遅れた依那や、ステファーノを抱えたクラウ、奈落に落ちかけた戦士たちはすかさずスフィカが救出する。
「ククク………あれを逃れるとは……さすが、聖女の名を冠するだけあって、悪運だけは強いらしい……」
「誰だ!!」
だが、ほっと息をつく間もなく、響き渡った不気味な含み笑いにラウの叔父、カウ・ハンが緊張を漲らせて叫んだ。
「愚かな人間どもに与し、魔王様に楯突く薄汚い亜人ども……ここが貴様らの終焉の地であると知るがいい……」
くぐもった、ねちねちと絡みつくような滑舌の悪い声とともに、ゆらり、と空間が揺らぎ。
ぷぅん、と生臭い匂いが鼻をつく。
ずるり、と太い触手を蠢かせ姿を現したそいつに、思わず依那は素っ頓狂な声を上げた。
「イカぁ!?」
「失敬な!!」
依那の叫びに気分を害したらしいイカモドキは細長い頭のてっぺんから蒸気を噴き出して怒っているようだけど。
顔の3倍くらいはありそうな細長い三角形の頭、顔の両脇についたぎょろりとした目、うねうねと蠢く12本の足……腕?
全体の肌は青みがかった病的な白で、見るからにぬるぬると滑っている。
本人には悪いが、イカだ。どうみても、巨大なイカにしか見えない。
「いや、エナよ。あれは魔人らしいぞ」
「魔人?魔人ってファティアスとかアマンダとかだけじゃなかったの?」
「魔王の配下には人に擬態できない魔人や人型ではない魔人も数多くいると言いますからね。あれもその一人なのでしょう」
「じゃあ、あんなのが他にもいるってこと……?」
ぞっとして依那はイカモドキの赤く光る眼を見つめた。
魔人とは、知能のある魔物だと聞いた。
見た目はともかく、ファティアスにもアマンダにも、相当な苦戦を強いられた。もしこいつが奴らと同等の力を持っていたとしたら……
「………くくく、まあいい。所詮は物を知らぬ異世界の小娘だ。この俺の恐ろしさ、とくと思い知るがいい!」
依那たちの警戒に気をよくしたのか、イカモドキはそう叫んでイカだったら触腕と呼ばれるだろう2本の腕を振り上げる。その途端、さっき蒸気を噴き上げていた頭から、毒々しい紫色の霧が噴き上がった。
「!!散開!」
間髪入れぬラウの号令に、戦士たちがさっと距離を取る。それでも、逃げ遅れたエルフが二人とスフィカが数匹、その霧を浴びて溶け落ちた。
「ああっ!!」
「『穢れ』かっ!」
「フフフ、『穢れ』ではない。……だが、我が毒霧は見ての通り、固い外殻を持つスフィカをも溶かす!柔い人間や亜人に耐えられるかな……?」
「くっ……」
咄嗟に祝福の結界を張ってイカモドキを封じようとした依那だったが、その皮膚のぬめりが魔法を弾くのか、ダメージは与えられるものの、決定打にはならない。
エルフたちの魔法も、悉く弾かれてしまう。
勝ち誇るイカモドキを前に、依那は瀕死のエルフやスフィカの傷を癒しつつ、悔しさに唇を噛み締めた。
依那たちの前に立ちふさがった魔人の存在は、すぐさま本陣のレ・レイラやワリス達にも伝えられた。
『………ッ』
同胞の無残な死に、レ・レイラの怒りがぱちぱちと火花を散らす。
だが、時を同じくして魔人出現の報はひっきりなしに届いていた。
引き延ばされた空間の中で苦戦しているのは依那たちだけではなかったのだ。その証拠に、スフィカによって運び出される負傷者の数も増加の一途を辿っている。本陣脇に設置されたテントは、さながら野戦病院の様相を呈していた。
《 セオ!! 》
負傷者の治療に当たる小聖女やナルファを手伝うことも、情報を分析し、指示を出すレ・レイラやワリスの手助けをすることもできず、ただ結界を越えて広がろうとする異空間を抑えることしかできぬまま手を拱いていたセオの背後に、光の柱が立つ。
《 ニーヴァ!エスタス! 》
《 どうだ?戦況は!? 》
光の中から姿を現した二柱の神々は、一瞬でセオの許に降り立つと、目の前に聳え立つ夢幻城の門を見上げ、言葉を失った。
《 こ……これは…… 》
《 コンラート……いや、魔王め……いったいなにを…… 》
人の子や亜人、そしてスフィカの目には、ただ瀟洒な門とそれを取り巻く繊細な銀の柵が広がっているだけに見えるだろう。
だが、神である彼らと、二柱の世界樹の目には、その門から溢れ出さんと蠢く異質な気と、空間の歪みが見えていた。いや、スフィカの女王であるレ・レイラと特に力の強い一握りの神官や小聖女にも見えているのかもしれない。
《 ……どうやら、空間を異界に繋げたようだ。魔物が溢れ出し戦闘は激化している。……別動隊はまだ城に到達すらしていない 》
《 ……エナ……! 》
ニーヴァは思わず寵愛を与えたいとし子の名を呟き、固く拳を握り締めた。
嫌でも11年前の―――最愛のいとし子を失ったあの絶望が胸に蘇る。
「!!セオ様!!」
《 !! 》
その時、ナルファが上げた切羽詰まった叫びに、神々ははっと顔を上げた。
ナルファの指さす方を見れば、つい今しがたまで彼の繋げた『道』を浸食しようと蠢いていた気が、まるで凍り付いたようにその動きを止めている。
いや、それどころか気が結晶化し、まるで氷のように門と柵を包もうとしていた。
「門が凍る!?」
《 コンラート!空間を丸ごと切り取る気か!? 》
門の異常に気付いて小聖女の一人が悲鳴を上げ、セオが門へ向き直る。
その瞬間。
『さすがに察しがいいね、セオ。その通りだよ』
愉悦を含んだ、快活とさえいえる声が、彼らの脳裏に響き渡った。
《 コン……ラート……? 》
『久しぶりだね、セオ。ニーヴァも……それからエスタスかい?そこにいるのは』
くすくすと、楽し気な笑いが響く。
『戦力投入はあらかた終わっただろう?際限なく人員を追加されるのも、ちょろちょろと出入りされるのも鬱陶しいし……このへんで締め切らせてもらうよ』
「そんな!!」
「中にはまだ怪我人も多くいるのに!!」
『そんなのは最初から覚悟の上だよね?』
魔王からの念話に、恐怖のあまり座り込んでいた小聖女からの反論をばっさりと斬って捨てる。
『命を懸ける覚悟もなくこのおれに立ち向かったとは言わせないよ。ここから先は、補給も、救助も禁じる。……戦争って、そういうものだろう?』
くすり、と吐息だけで笑って。
『……最期に、もう一度顔が見れるかと思ったのに………残念だよ。セオ。おれと対峙する気概がないのなら、そこであの赤毛のぼうやがおれのものになるのを黙って見ておいで』
《 コンラート!! 》
『……さよなら、セオ。………気が変わったなら、来るといいよ―――消滅する覚悟が出来たらね』
歌うように囁いて、ふっと声は途切れた。
それを待っていたかのように、空間の結晶化が加速する。
左右の柵が氷に覆われ、その上の空中も青く凍り付いていく。
今や、夢幻城とそれを取り巻く敷地は、完全に魔王の異界に閉ざされようとしていた。




