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開門


 その朝は、眩いような晴天だった。


 「……うっわ~~……腹立つくらいにピーカン……」

 雲一つない空を見上げ、颯太はぼやく。

 「なんかさ~……魔王の本拠地に攻め込むんだからさぁ……もうちょっと、こう……おどろおどろしい天気が相応しいというか……」

 『夢幻城もここと変わらない天気だということですわよ』

 偵察のスフィカからの報告を受けたレ・レイラがすました顔で笑う。

 「諦めろ、ソータ。どんな信条だか知らんが、天候まではどうにもならん」

 エンデミオンの国色である白と青の礼装に身を包み、銀の飾り串で髪を結ったアルが、冬の空の青のマントを纏いながら笑った。

 「せっかく華々しく乗り込むんだ、どうせなら晴天の方がいいだろう?」

 「む~、そりゃそうかもしんないけどさ…」

 来い来いと指先で招かれて、素直に寄ってきた颯太のマントを直してやりながら、アルはちょうど部屋へ入ってきたエリアルドに目を向ける。

 「整ったか」

 「はっ!総員、準備相整っております!」

 そう言って腰を折るエリアルドも、頷き返すアルも、颯太も、その傍らに立つレティも。

 皆がまるで公式行事の場に向かうように華やかに着飾っていた。

 そう、これから彼らは夢幻城へ赴くのだ。魔王コンラートへの侵攻ではなく―――公爵夫人エリザベートへの()()()()として。

 

 

 

 「もういっそ、真っ正面から堂々と乗り込んだ方が早いかもな」


 ありったけの資料を前に、夢幻城攻略について議論を戦わせていた一同に向かい、アルがそう言ったのがことの発端だった。


 そもそも、異様なまでに強固な結界に護られ、視界攪乱の障壁までがかけられた夢幻城は、その様子を窺うことすら難しい。黒の大聖堂が出現したことにより一瞬その結界が緩んだように見えたのも束の間、その結界はすぐに閉じ、むしろ黒の大聖堂から溢れる異様な魔力によってさらに強化されたように見える。

 今や、夢幻城とそれを取り巻く森、そしてイルヴァ湖の中ほどまでは何人たりとも侵入できぬ、難攻不落を体現したような要塞と化していたのだ。


 「表敬訪問とでもなんでも名目を付けて、大人数で乗り込む。そして、()()()門を開けさせる」

 「中から!?魔王の本拠地ですぞ!?そう簡単に軍勢を迎え入れるわけが……」

 「いや、それが、この色男には可能なのだ。……のう?アルト」

 「………………不本意極まりないが、な」

 にやり、と人の悪い笑みでアルに意味ありげな視線を寄越すラウに、アルは苦虫を噛み潰したような顔で答える。

 「自慢じゃないが、あの女は俺に……というか、()()()にご執心だ。俺が着飾って出向き、門を開けてくれと頼めば喜んで門を開けるだろう。………多分」

 「多分じゃねえだろ、坊主」

 何故か尻つぼみになるその宣言に、ブルムが呆れ顔でため息をついた。


 「絶対だ、絶対。あの狂い咲き女(エリザベート)は、アルフォンゾと聞けば見境ないからな。お前さんが来ると聞けば、門まで出迎えに来かねねえ」

 「……そ…そこまで……なのか?」

 困惑を隠せないグレンに、ブルムは頷いて盃を呷る。

 「ご執心、なんて可愛いもんじゃねえ。執着、粘着の類だな、ありゃあ。坊主の親父さん……太陽王(アルフォンゾ)はうまく躱してたが、やんちゃ王妃(エミリア)をひどく妬んでなぁ。魔女だのなんだの中傷の手紙を寄越したりして、カナンの連中はひどく難儀したもんだ。あの城が建ってからはすこぉしおとなしくなったと思ってたが……嬢ちゃんに聞く限り、悪化の一途を辿ってたんじゃねえか?手当たり次第に太陽王や坊主の絵姿集めたり、王家の指輪の偽物作らせたりしてよ。おまけにあの女、太陽王と坊主の区別がついてねえんだぜ。ホント、あんなのに惚れこまれた坊主が不憫でなんねえよ」

 「そ…それほどとは……」

 赤裸々に語られる事情にしばし言葉を失い、ついアルに憐憫の眼差しを向けてしまうグレンとシオンに、気まずげに咳払いをして。


 「……まあ、そういうわけだ。せいぜい華々しく正面から乗り込んで門を開けさせる。一度でも結界を切らせれば、こっちのものだ。結界と障壁を阻害し、本隊が城内に侵入する」

 「おそらくは、城外の森や敷地内には魔王の軍勢が待ち構えているでしょうからな。殿下たちには城内をお任せし、騎士団と亜人の皆様でそちらを蹴散らすとしましょう」

 一同を見回して言うアルにエリアルドが続き、作戦は着々と練り上げられていったのだった。

 

 ―――そして、今。

 

 王宮前広場を埋め尽くす軍勢を前に、城壁の上で依那はふう、とひとつ息をつく。

 隣で硬い表情のまま前を見据える颯太とは違い、依那は動きやすい軽装とキッチェにもらった装備という戦装束だ。なにしろ、生まれたての精霊としてエリザベートと面識のある―――そのうえ、「うそつきの魔女」として彼女に呪われる依那が正面切って夢幻城に行けるはずもない。

 というわけで、依那はステファーノとともに颯太やアルたちと別れ、本隊として夢幻城に侵入する手筈となっているのだ。



 「………怖い?颯太」

 「ん……どうだろう……怖い……のかな……」

 軍を鼓舞する国王の言葉を聞きながら、そっと弟に声をかければ、颯太はちょっと考えて首を傾げた。

 「なんか失敗したらどうしようとか……そういうのはあるけど。よく、わかんない。ああでも……犠牲が出るのとか、オルグ兄が手遅れだったら、ってのは怖い……かな。姉ちゃんは?」

 「そ……だね。あたしも似たようなもん。怖いのかどうかもよくわかんない」


 これから決戦に臨むというのに、あまり恐怖も怯えも感じない。

 それも、アルタやオルトの加護のおかげなのか、まだ実感がわかないだけなのか。ただ、一つだけわかるのは―――自分たちは、()()()()()ここへ来たのだ、ということ。全力を尽くすしかない、ということ。


 「………頑張ろう、颯太!」

 「うん、姉ちゃん!!」

 決意を込めてぎゅっと手を握り合い、依那は祝福を与えるため、一歩前に進み出た。





 出撃の儀を終え、聖女の祝福を受けた戦士たちがセオの転移魔法により夢幻城近くの草原に転移したのは、それから半時ほど後の頃だった。

 ちなみに、依那のいつもの「行くぞ!野郎ども!」が「死ぬんじゃねえぞ!野郎ども!」にグレードアップしてたのは、まあ御愛嬌だ。


 「………派手だな」


 翻るエンデミオンとシナークの旗。飾り立てた馬たち。

 その馬に乗るのは、近衛隊の礼装を着込み騎士団から選りすぐった見目麗しい騎士たちと、同じく騎士の礼装を纏うエルフたち。

 4頭立ての白い馬車にはレティと颯太が、その後ろのエルフの馬車にはエルトリンデとカーシャ、エイヤが乗っている。

 馬車の傍はダリエス、フェリド、ロデリック、ラファエラのエルフ王族4兄弟が固め、その前をエリアルドと、礼装のアルが往く。


 「まあ……どうせやるなら徹底的に、ということですな。なにしろ、先方は相当に煌びやかなことがお好きなようですから」

 心なしか遠い目になっているエリアルドが言う通り、表敬訪問を打診したエリオットに対する返答は、ため息を禁じ得ないものだったのだ。


 曰く、無粋な騎士たちや汚らわしい亜人の入城はご遠慮願いたい。許されるのは、エンデミオン一行と、エルフ、妖精、精霊まで。


 「よもや、ここへきて妖精だの精霊だの、そんなおとぎ話を持ち出されるとはな……」

 「自分など、ひどく浮いているでしょうな」

 「アル」

 大きなため息をつくエリアルドの肩を苦笑しながら叩くアルに、依那が歩み寄った。


 「これ。外して、持って行って」

 言いながら差し出したのは、右手。その薬指に光る、『王の心』。


 「エナ!?」

 「エリザベートはこの指輪に固執してるの。きっと、この指輪を強請るわ。渡さないまでも、これを見せれば絶対に油断する。だから……ね?」

 「……だが……」


 その言葉に、アルは動揺する。

 確かに、あの女がアルフォンゾに……そしてその愛の証である『王の心』に執着しているのは知っている。エナの進言にも一理ある。

 だが……この指輪は依那の護りでもあるのだ。この決戦で、それを失くすことなど……。


 「あたしなら、大丈夫!アルタがあるし……それに、魔王に対峙する前に落ち合ったときに、返してくれればいいから!……お願い。エリザベートに会うなら、危険なのはアルの方だわ」

 「…………判った」

 言い募る依那の目に固い決意を見て、アルはそっと依那の手を取った。

 恭しくその薬指に口づけると、ぴったり嵌って揺るぎもしなかった指輪がころり、とアルの手の中に転がる。

 「いいか。ただし、絶対に無茶はするな。中で落ち合うまで。自分の護りがいつもより少ないことを忘れるな」

 「……うん。判ってる!……気を付けて、アル。エリアルドさんも、みんなも」

 「おう!そっちこそ気をつけろよ!」

 「エナ殿も!ご武運を!」

 「武運を!」

 口々に声をかけてくるエルフや騎士たちに頷き返して、依那は最後にもう一度アルの手を握り足早に一行から離れる。それを見送って、大きくひとつ息をつくと、アルは馬を夢幻城へと進めた。


 「……開門!!」


 瀟洒な門の前に隊列を進め、大声でそう呼ばわると、待っていたかのように門に煌びやかな灯りが燈る。


 「………お待ちしておりましたわ。アルフォンゾ様」


 いつの間にか、門の内側にはひとりの侍女が佇んでいた。

 きっちりと侍女服を着こみ、青い髪を結ったその女はにい、と笑って。大仰なほどに恭しく腰を折る。

 「……姫様が、お待ちでございます」


 その声とともに、ゆっくりと……ゆっくりと門が開いた。




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