熊はおいしくいただきました。
そのあとはほかの熊に出くわすことなく一行は進み、野営ができそうな開けた場所についたことで、この日の行程を終えることとなった。
騎士たちとドワーフが手分けしてテントを二つ張り、依那とレティと颯太は水を汲みに行く。
「ソータ様もエナ様も、野営に手慣れていらっしゃるのですね」
手際よくテントを張るのを手伝った颯太を見て、感心したようにレティが言う。
「元の世界でも、ちょくちょくキャンプ行ってたからなー」
「きゃんぷ?」
「野営……みたいなものかな。自然の中でテント張って、自炊して」
「野営みたいに、目的地へ行くための手段じゃなくて、それが目的で行くんだけどね」
いまいちわかっていないレティに、颯太が一生懸命キャンプの何たるかを説明しているのを横目に、依那は野営地を見渡した。
「…あれ?アルとエリアルドさんは?」
「ああ。坊主と団長は斥候に出たぞ。ほかに熊とかいたらかなわんからな」
「オルグ殿下は右のテントですよ。王都と連絡を取っていらっしゃいます」
焚火の用意をするブルムとカノッサの横で、ザウトとステファーノが魔法の袋から取り出した熊をさばいている。
「…ステファーノさん……熊、さばけるんだ…」
「まぁ、解剖みたいなものですからね」
言いながら二人は肉を切り分け、内臓や骨、毛皮などを食べられるもの、使えるもの、使えないものに分けていく。
食用に適さない部位も、薬の材料になったり、武器や防具の素材になったり…いろいろな用途があるという。使えないと判断されたものはほんの少しで、それは焼いて空へ還すらしい。
「なにか、お手伝いしましょうか?」
「大丈夫ですよ、エナさんも姫様も、ソータくんも、今日はいろいろあって疲れたでしょう。少し、休んでください」
「……じゃあ、お言葉に甘えて…」
むしろ、お邪魔にしかならないかも、と判断し、三人は左側のテントに引き上げた。右側のテントは男性用、左側のテントは女性&颯太用、ということらしい。
「さすがにちょっと疲れたかなぁ」
「ソータ様、大活躍でしたもの。……少しお休みになっては?」
敷物の上に座り込んだ颯太は、レティに促されて横になると、すぐに寝息を立てだした。
「………わたくしも……あんな近くで熊を見るのは初めてでした」
「うん。小型って言ってたのにでっかくてびっくりした」
こっちへ来て見た犬や猫は、向こうと同じようなサイズだったから、「小型」の定義がここまで違うとは予測もつかなかったのだ。
「もしかして、野生動物って大きさの感覚、違う?」
「どうでしょう……シカはこのくらい、キジはこのくらい……でしょうか?」
依那の問いに首をかしげながら、レティは手を伸ばしてキジやシカの大きさを示す。
「そっちはあんまり変わらないかな?」
それから二人は互いの世界の動物の話で盛り上がり、食事の用意ができたとステファーノが呼びに来るまでを楽しく過ごしたのだった。
ザウトが腕を振るった夕食は、熊フルコースだった。
熊を食べるのは初めてで、少し不安もあったのだが…実際口にした熊は…すごくおいしかった。
「美味しい……!」
「……だろう?」
正直な感想に、ザウトは胸を張る。
「俺の腕ももちろんだが、先生がいろんな香草や調味料を融通してくれたからな!」
「いやぁ、遠征に行くときは、いつも持ってくるんですよ。ごはんは美味しい方がうれしいですからねえ」
「本当に旨いです!熊がこれほどの美味とは……」
「何度も熊は食ってますが、こんなに旨いのは初めてです!ザウト殿、ぜひ調理法を教えていただけませんか!」
「おかわりあるから、どんどん食ってくれ!」
騎士たちにも大好評で、みんな口々に料理を褒めている。
「熊っておいしいんだねえ…」
「本当に。びっくりしました」
オルグとにこにこ話しながら、嬉しそうに熊肉のシチューを食べている颯太を見て、依那はちょっとほっとする。
「嬢ちゃん、肉、焼けたぞ」
「え、あ、ありがとう!」
「お!いい匂いがするな!」
斥候から帰ってきたアルとエリアルドも加わって、食事は和気あいあいと進んだ。




