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隠された役割


 呆然と涙を流し続けていたキッチェが落ち着いたのは、3人が聖なる泉を辞し、星の御殿に場を移してしばらく経ってからのことだった。

 

 「………悪かったわ。あたしとしたことが、取り乱して……」

 ステファーノが道具袋から取り出したお菓子と、暖かいお茶のカップを手に、キッチェはぼそぼそと言い、ナルファに頭を下げた。


 「あ、いやそれはいつものことだし」

 「通常運転ですよね」

 「ちょっとぉ!??」

 しおらしい謝罪をあっさり流されて、キッチェは地団太を踏む。


 「そこは、健気なあたしを気遣うとこでしょおおお!?」

 「そんなこと言っても……キッチェさんだし……?」

 「うんうん、3000年前と変わってなくて安心したよ」

 よかったよかった、とナルファとステファーノは顔を見合わせてお茶を飲む始末。

 「………ったくもう……」

 はあああ、とわざとらしいほどに盛大なため息をつき、キッチェはどっかりと座り直すとお菓子を口に運んだ。


 「……それで?あんなこと、っていうのは?」

 お菓子をぱくつくキッチェが本当の意味で落ち着いたのを見計らい、さりげなくナルファは話を振った。

 「ああ……」

 一瞬眉を顰め、それでもキッチェはお菓子を置いてナルファに向き直る。

 「あたしの役目を知ってる?白の世界樹、ナルファ・ナリエル」

 「勇者と聖女を導くことだろう?霧の森、ルルナスの森を統治する、霧の精霊、キッチェ」

 まっすぐに目を見るキッチェに、ナルファも居住まいを正した。

 「君の役割は、勇者と聖女を導き、試練を与え、勇者に聖剣(オルト・ワルト)を、聖女に細剣(アルタ・ワルト)を得る資格があるかを見極めることだ。そして、彼らに聖剣を与える。もっとも、ここ3000年近くはアルタではなく月光の剣(マウ・レニール)を渡してたみたいだけど。あとは……霧の森自体の管理と、勇者や傍観者たちの相談に乗ること……かな?」

 「……概ね正解よ。世界樹」

 ふう、と息をつき、キッチェはお茶を飲んだ。

 「でももうひとつ……役割があるの。隠された役割が、ね……」

 そう言って、キッチェは目を閉じる。


 「あたしのもう一つの役割は、傍観者の監視………アルスとの約定に縛られ、介入を禁じられた神々や精霊と違い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――傍観者のね」

 「!?」

 ナルファは反射的に、傍らのステファーノを見つめた。ナルファの視線に動ずることなく、傍観者は涼しい顔でお茶を啜っている。


 「考えてもみなさいよ。世界樹であるアンタも、戦いに参加することはできない。エナやソータに恩や親愛を感じていても、だからって魔王の本拠地を探知したり、切り札となり得るあの石のことを知ることもできなかった。……そうでしょう?………でも」

 ちらり、とステファーノを見て、キッチェは続ける。

 「傍観者は違う。この世のあらゆる知識を持ち、すべての事象を紐解く……彼らも積極的に戦いに介入することは禁じられているけれど、あたしたちのような()()()()()()の。だから……その気になれば、戦局を崩すことができる。魔王と勇者の―――人間たちとの、命懸けの戦争(ゲーム)をひっくり返すことができる……。もちろん、お役目を与えられた時に、禁則事項は叩き込まれるわ。でも……」

 「……ぼくらみたいに拘束力があるわけじゃない……ってことか」

 「ええ。だから、監視の必要があるの。そして、その役目を与えられたのが、あたし。あたしは傍観者を見守り、導き、時には張り倒してでもその行動を是正しなきゃいけない。許容範囲を超えて、どちらかに肩入れしないようにね。そして……それでも、傍観者が道を踏み外した……その時は……」

 すう、と大きく息を吸い込み、キッチェはぎゅっと膝の上でその手を握り締めた。


 「……その時は……」

 「その、愚かな大馬鹿者を、粛清する必要がある、ということですよ」

 震える声で言いかけたキッチェを遮るように、横からステファーノが口を挟む。


 「キッチェさんは、試練の管理者であり、調停者、世界の均衡を司る者です。この大戦(ゲーム)の公正さを保つのもまた、彼女の役目です。そのためには、秩序を乱す因子は()()()()()()()()()()()。……キッチェさんは、お役目に従っただけ。あなたの責ではありません」

 「じゃあ……キッチェの言ってた……「あんなこと」っていうのは……」

 ゆっくりと目を見開くナルファに、ステファーノは無言で頷いた。


 「第6勇者……唯一の女性勇者、アナスタシア様の頃です。時の傍観者グスタファ・ビスケスは彼女を恋うるあまり、道を踏み外した。傍観者の役目を逸脱し、キッチェさんの警告も、制止も聞き入れなかった。そして……とうとう、彼は戦局に介入し、古代の禁呪を用いて魔王軍に多大な打撃を与えようとした。だから……だから、キッチェさんは彼を排除するしかなかった―――それだけです」

 「……排除なんて、そんな生易しいモンじゃないわ。八つ裂きにしたのよ。文字通りにね」

 淡々と説明するステファーノに、俯いたキッチェがぽつりと呟く。

 「…知ってたのね、ステファーノ。だったら、判ってるでしょう?あたしが、あの子をどんなに惨たらしく殺したか…」

 のろのろと顔を上げ、キッチェは自嘲気味に笑った。


 「……傍観者は、助言を求められれば勇者、魔王どちらの陣営にもその知識を分け与えなければならない。……事実、コンラートに連れ去られ、彼に助言した傍観者もいたのよ。コンラートは概ね傍観者に寛大だったけど…グスタファは役目を逸脱したことで彼の逆鱗に触れた可能性があった……だから、あたしは………」

 「彼が()()()()()()()()()()()()殺し方をするしかなかった―――でしょう?」

 優しく言葉を率い摂るステファーノに、キッチェはただ頷くしかない。

 「そんなことが……全然知らなかったよ……」

 「ナルファさんは外界から封じられたような状態でしたから……公式にも、グスタファの死については記されていませんしね。ただ、唯一彼だけが任を終えることなく次の傍観者に引き継いだというだけで」

 「………ぼくらは、そんな役目までキッチェに押し付けてた、ってことか……」

 大きくため息をつき、ナルファは顔を上げてキッチェを見た。


 「………ごめんね、キッチェ。今更だけど……きみだけに、そんな辛いことをやらせて……」

 「……っ…」

 その瞬間、キッチェの脳裏にずっと封じ込めていた記憶が蘇る。

 

 生真面目で、一生懸命で、頑固で。

 まっすぐにアナスタシアだけを見つめていた瞳。不器用な笑顔、優しい声。


 隠しきれない想いに狼狽える姿は微笑ましかった。

 愚鈍なまでの一途さは好ましかった。

 無事お役目を終えて、穏やかに健やかに一生を終えてほしかった。


 決して………()()()()()を迎えてほしく、なかったのに……!!

 

 「……うっ……うえっ……あ、うう…うあああああああっ……」

 腹の底からこみ上げる感情は、慟哭となって小さな精霊から溢れ出す。

 「……うん……うん……つらかったね。よく、頑張ったね、キッチェ……」

 身も世もなく号泣するキッチェをただナルファは受け止める。


 優しく背を撫でる世界樹の膝に縋り、小さな世界の調停者はようやく友達を手にかけざるを得なかった悲しみを吐き出すことができたのだった。


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