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魔王の拠点 2


 颯太の発言に、あたりは水を打ったように静まり返った。


 「……や………そ、それは……さすがに……」

 「あり得……ないだろう?公爵家の城だぞ?王族の……」

 引きつったような笑みを浮かべ、亜人たちは颯太の言葉を笑い飛ばそうとする。

 それくらい、颯太の言葉はこの世界の人間にとってあり得ないことだったのだ。よりによって、魔王を生み出す原因を作った―――人類最大の王国の王族の城に、魔王が潜んでいるなど。


 だが。


 「だったら、どうして魔王の拠点は見つからないの?もう他に探すとこ、残ってないくらいなんでしょ?それに……」

 落ち着いた眼差しで、颯太は青褪める一同を見渡し、彼らの希望的観測を打ち砕く。

 「魔王が夢幻城にいるんじゃなかったら、どうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の?」

 「「「!!」」」

 あまりにまっとうな指摘に、王たちも亜人たちも息を飲んだ。


 「……た……たしかに……」

 誰も言葉を紡げない中、片手で顔を覆ったワリスが呟く。

 「……確かに……あの城の結界の中に魔王が潜んでいるのなら……妾が……世界樹が、あの城を見通せないのも説明がつく……」

 「し、しかしワリスよ!?魔王の出現前もあの城を見通すことは……」

 「忘れたか!?ジョルム!我らは、()()()()()()のだぞ!!?」

 動揺を隠しきれないジョルムの言葉を、ワリスは大声で遮った。


 「キッチェが言ったではないか!!覚醒した世界樹は上位の精霊も同じ……できないという先入観があるだけで、霧の森にすら出入りすることが可能と!!その我らが……たとえどれほどの人数がいようとも、ただの人間が作った結界を、何故見通せぬ!!」

 「……セオ!」

 ワリスの叫びに、険しい表情でアルが自らに宿る神を呼び出す。

 長い黒紫色の髪を揺らし顕現した時の神は、無言のまま首を振った。


 《 無駄だ。魔王のことには神々は関与できぬ。それは判っているはずだろう? 》


 「だったら!!」

 咄嗟に、依那は横から口を挟んだ。

 「ナイアスは夢幻城にいるの!?魔王のことじゃなきゃ、見通せるんでしょ!?」


 《 …! 》


 一瞬驚いたように目を瞠り、それからセオはその琥珀の瞳を伏せた。まるで、何かを感じようと意識を集中させているかのように。


 《 ………いや……。判らぬ。俺にも、あの城の内部を感知することはできぬ…… 》


 「じ……じゃあ……やっぱり……」

 姉弟は思わず顔を見合わせた。

 「夢幻城……に………魔王が………」

 ぞくり、と依那は身を震わせる。


 あのとき―――泉の底から飛ばされた、美しい城。そこに住まう、美しい美しい…………悪夢のような少女。エリザベート。

 ふわふわの砂糖菓子とレースとリボンで飾り立てられた、純白のあの城のどこかに、あの悍ましい黒の大聖堂……黒の礼拝堂があるかもしれない。

 オルグの姿をした………金の瞳の魔王が潜んでいるのかもしれない。


 「……姉ちゃん……」

 気遣うように、勇気づけるように震える肩を掴む弟の手を、依那はぎゅっと握り締めた。

 





 

 ………どれほどの時間が経っただろうか。

 

 すべてから耳を塞ぎ、ひたすらに部屋の隅で蹲っていたナイアスは、ようやくのろのろと顔を上げた。

 破壊音と、咆哮というしかない叫びに恐れをなしたのか、あれほどナイアスを呼んでいた家人の声も今は無い。


 「………どこで………間違えたと…いうのだ………」

 ぽつりと呟いた声が闇に溶ける。

 いつの間にか日が落ちたのか、部屋は闇に包まれていた。


 ―――こんなはずでは、なかった……


 何処か現実味のない頭のどこかで、ぼんやりとそう思う。

 そう、こんなことになるはずではなかった。


 今頃ナイアスは王璽を受け、次の王としてあの漆黒の玉座に座っているはずだった。

 乱心し、ゼラール王を弑したとしてアルハルテを告発し、共犯としてグレンを、その逃亡に加担したとしてエンデミオンを追求し、国王弑逆の濡れ衣を着せることで有利な立場に立つはずだった。

 そうして、いずれは約定によりあの赤毛の男の身体を乗っ取り、エリザベートと結ばれて幸せに暮らすはず………()()()()()()()のだ。


 それなのに―――ただの古い言い伝えだと馬鹿にしていた黒の呪いが発動し、王都は奈落に呑まれた。

 王璽を手に入れたのに………王にはなれなかった。

 その資格がないと―――()()()()()()()()と、嘲笑われた。エイダスの子ではないと、エリザベートとダイムラーの子であると。


 「………エリザベート………」

 愛しいその名を呟き、ナイアスはふらりと立ち上がった。

 「……そう……だ……エリザベート……彼女なら……」


 ()()()()()()()()()()()()


 そうだ、私は何をしていたのだろう。

 彼女の傍に行かなければ。伯母上を亡くし、幻覚に怯える彼女の許に。

 彼女なら、真実を教えてくれる。

 何かの間違いだと―――誤解があったのだと、そう言ってくれる。

 どんな私でも愛してくれる。自分(わたし)が誰の子であれ、エリザベートの息子であることに変わりはないのだから。


 くくく、と喉の奥で嗤いながら、ナイアスは隠し部屋の扉を押し開け、夢幻城へと繋がる魔法陣に駆け込んだ。


 ……狂ったエリザベートに、都合の悪い記憶がないことすら思い出せぬままで。

 








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