表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/840

生命の重み


 手を引かれたまま、どこか呆然と歩く。


 「……このへんでいいか」

 「…へ?」

 水場まで来てぽつりと呟かれた言葉に、颯太は顔を上げた。

 と、次の瞬間。水の中に放り込まれて、颯太は頭まで水没してから水の上に浮かび上がった。


 「あ…アル兄!?」

 「頭、冷えたか?」

 抗議の声を上げる間もなくアルが水に飛び込んできて、颯太は悲鳴を上げる。

 「ちゃんと洗え。お互い血塗れだからな」

 「血……」

 目を落とせば、自分から染み出した血で水面が赤く染まる。


 ……ああ、熊を倒したから……


 いや、倒したんじゃない。()()()んだ。

 

 「………つらいか。命を奪うのは」

 「……わかんない」


 ぼんやりと見つめていた手を取られ、ごしごし洗われる。ちょっと乱暴な指先が丁寧に髪を洗ってくれる。

 「…殺さなきゃ、こっちが食べられてたかもしれないのは……判る。熊だけじゃなくて……魔物や……魔王や……もしかしたら人間も、倒さなきゃ…いけないのも、頭では判る。……でも…」


 訓練で魔物と戦ったのも含めて、命を奪うのは、三回目だ。

 だけど……なんだろう、そのたびに、自分の()()()が欠けて…冷たくなってしまうような気がする……

 

 「命を奪うのは、生きるためだ。熊と戦って生き残る。相手が魔物であれ、人であれ、必要ならば戦って、生き残る。奪った命で、俺たちは生かされてるんだ。無駄になるものは何もない」


 ばしゃんと颯太の頭から水をかけて、洗い流す。

 「ソータ。忘れるな。倒した相手のことを。奪った命から目を背けるな。命はお前の一部になって、欠けた心を埋めてくれる。そして、()()()()()()()()んだ。……判るか?」


 「……わかんない……」

 颯太は緩くかぶりを振った。


 「……ねーちゃんは好きか?」

 「……うん」

 「みんなは?オルグやレティや…騎士団や…ステファーノや……国のみんなは好きか?」

 「……大好き。アル兄も、ラウさんも、リュドミュラ様も…みんな好きだよ?」

 「だったら、大丈夫だ。……すぐには判らなくてもいい。おいおい、受け入れていけば」


 「……オレ、ダメだよね……勇者なのに……」

 熊を殺しただけでこんなになって……ビビッて。

 これから魔王と戦うのに。みんなを、護らなきゃいけないのに……


 「命を奪うのが辛くて何が悪い」

 ぽん、と頭を撫でられる。


 「怖くて当然、それが正常だ。いいか、駄目なのは殺すのに慣れることだ。何も感じなくなることだ。…いいよ、お前はそのままで」

 ぐい、と肩に額を押し当てられる。


 「お前は、そのままで、いい」


 「……う……」

 じわりとこみ上げた何かが、涙になってあふれ出す。


 「……ねっ………姉ちゃん……には…っ……内緒に…して……」

 「……はいはい」

 ぽんぽんと背中を叩かれ、アルの肩を借りて、颯太は泣いた。


 涙は、そう簡単に止まってくれそうになかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ