生命の重み
手を引かれたまま、どこか呆然と歩く。
「……このへんでいいか」
「…へ?」
水場まで来てぽつりと呟かれた言葉に、颯太は顔を上げた。
と、次の瞬間。水の中に放り込まれて、颯太は頭まで水没してから水の上に浮かび上がった。
「あ…アル兄!?」
「頭、冷えたか?」
抗議の声を上げる間もなくアルが水に飛び込んできて、颯太は悲鳴を上げる。
「ちゃんと洗え。お互い血塗れだからな」
「血……」
目を落とせば、自分から染み出した血で水面が赤く染まる。
……ああ、熊を倒したから……
いや、倒したんじゃない。殺したんだ。
「………つらいか。命を奪うのは」
「……わかんない」
ぼんやりと見つめていた手を取られ、ごしごし洗われる。ちょっと乱暴な指先が丁寧に髪を洗ってくれる。
「…殺さなきゃ、こっちが食べられてたかもしれないのは……判る。熊だけじゃなくて……魔物や……魔王や……もしかしたら人間も、倒さなきゃ…いけないのも、頭では判る。……でも…」
訓練で魔物と戦ったのも含めて、命を奪うのは、三回目だ。
だけど……なんだろう、そのたびに、自分のどこかが欠けて…冷たくなってしまうような気がする……
「命を奪うのは、生きるためだ。熊と戦って生き残る。相手が魔物であれ、人であれ、必要ならば戦って、生き残る。奪った命で、俺たちは生かされてるんだ。無駄になるものは何もない」
ばしゃんと颯太の頭から水をかけて、洗い流す。
「ソータ。忘れるな。倒した相手のことを。奪った命から目を背けるな。命はお前の一部になって、欠けた心を埋めてくれる。そして、一緒に生きていくんだ。……判るか?」
「……わかんない……」
颯太は緩くかぶりを振った。
「……ねーちゃんは好きか?」
「……うん」
「みんなは?オルグやレティや…騎士団や…ステファーノや……国のみんなは好きか?」
「……大好き。アル兄も、ラウさんも、リュドミュラ様も…みんな好きだよ?」
「だったら、大丈夫だ。……すぐには判らなくてもいい。おいおい、受け入れていけば」
「……オレ、ダメだよね……勇者なのに……」
熊を殺しただけでこんなになって……ビビッて。
これから魔王と戦うのに。みんなを、護らなきゃいけないのに……
「命を奪うのが辛くて何が悪い」
ぽん、と頭を撫でられる。
「怖くて当然、それが正常だ。いいか、駄目なのは殺すのに慣れることだ。何も感じなくなることだ。…いいよ、お前はそのままで」
ぐい、と肩に額を押し当てられる。
「お前は、そのままで、いい」
「……う……」
じわりとこみ上げた何かが、涙になってあふれ出す。
「……ねっ………姉ちゃん……には…っ……内緒に…して……」
「……はいはい」
ぽんぽんと背中を叩かれ、アルの肩を借りて、颯太は泣いた。
涙は、そう簡単に止まってくれそうになかった。