カナンへ
翌朝早く、一行は砦を出発した。
朝食の席でオルグが説明した通り、今日からは本街道を外れ、カナン方面へと森の中の道を進むらしい。
整備はされているものの、本街道に比べると路面は荒く、道も狭い。昨日よりもきつい行程になると覚悟してくれ、と言われた。
「エナさん、姫様、大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとうございます、ステファーノ様。昨日よりずっと楽ですわ」
ステファーノが昨日の簡易座布団を追加してくれたおかげて、お尻はずいぶん楽だ。昨日と同じく、馭者席の隣に座るステファーノにお礼を言う。
昨日と違い、馬車の手綱を握るのはドワーフのザギトだ。昨日馭者をしていた騎士のリートは、今日は荷馬車の叙者をしている。昨夜夜警に立っていた、エリアルドとアルはそれぞれ馬車と荷馬車に乗り、マルクスとオルグが馬に乗っていた。
「……それにしても……」
依那と颯太は、窓からドワーフたちが乗る「鉄馬」を眺める。
出発前、ドワーフの馬たちはどこにいるんだろう、と思っていたら、彼らは「鉄馬」という魔法具を取り出した。
見た目は1メートルちょっとの長さの棒に、鞍みたいなのがついてて、棒の先端に馬の頭のようなものがついている……子供がまたがって遊ぶような、ブリキのおもちゃのような代物だ。
だが、ドワーフがそれにまたがって手綱を握ると、鉄馬は浮き上がり、馬と同じ速度で走り出したのだ。
「すっげー!!!なにそれ!凄い!」
目を輝かせる颯太に、ポジタムは得意そうに鼻の下をこすった。
「こりゃ鉄馬っつってな、ドワーフの魔法具のひとつよ。ドワーフの魔力で動いてる。ただの馬と違って、ちょっとやそっとじゃ疲れねえし、障害物もひとっとびだ!すげえだろ?」
「凄い凄い!それって、ドワーフじゃないと乗れないの?」
「そうだなぁ、ほかの種族が乗ったって話は聞かねえが……あとで、いっぺん試させてやるよ、勇者の坊主なら乗れるかもしんねえな」
「ほんとー!?やったぁぁぁ!」
飛び上がって喜ぶ颯太を、ドワーフたちはにこにこ見守っていたのだが。
「魔法のほうきみたい……」
あたしも乗りたいって言ったら、乗せてくれるかな。
すっかりドワーフに溶け込んでる颯太を見て、我が弟ながら、颯太、恐るべし!などと感心していたら、頼むタイミングを逃してしまった。ちょっと悔しい。
「嬢ちゃん、嬢ちゃん」
窓を軽く叩かれて顔を出すと、馬車に並走したブルムが葉っぱを手渡してきた。
「坊主はまだ寝てんだろ。だったらそれ、頭に乗っけてやれ。安眠できる効果がある」
「あ、ありがとうございます」
渡された、柏の葉っぱに似たそれを、斜め向かいで眠っているアルの頭にそーっと乗っける。
目を閉じているアルは、いつも活発な表情筋がおとなしいせいか、本当に整った顔をしてると思う。
形のいい唇、通った鼻筋、頬に影を落とす長いまつ毛……そして頭に葉っぱ。
なにこれシュール!!
噴き出しそうになるのをこらえる依那の横では、颯太が声を出さないようにしながら笑い転げていて、依那の向かいのレティも、アルから顔を背けて袖に顔を埋めている。
大笑いしながら離れていくブルムは確信犯なんだろうが、まあ、本当に効果があるならいいのかもしれない。…効果があるなら、だが。
その後は何事もなく一行は進み、やがて昼休憩を取ることになった。
起きたアルが、頭の葉っぱに気づいて怒る一幕もあったが、まぁ、ご愛敬だろう。