魔女の正体
「……その絵師は、いち早く星祭り直後に殿下の絵を作成したそうです。……殿下の絵は、ダーヴィン商会が高く買い上げてくれると判っていたから」
さっと青ざめた一同に、ステファーノは淡々と告げた。
「彼が描いた絵は3枚。夜会の絵が1枚と、パレードの絵が2枚。うち1枚はアル殿下お一人のもの。……そして残る2枚は…」
ステファーノは、硬い表情で目を開く。
「アル殿下が……聖女エナ様をエスコートする絵だったそうです」
「馬鹿な!!」
思わずアルは立ち上がっていた。
「星祭りの絵はエナが夢幻城に飛ばされたとき、すでにそこにあったんだろう!?だったら、あの女がエナが聖女だと気付いているはずがない!!知っていたら、生まれたての精霊だなんていう言い訳を信じるものか!!」
「ええ、確かにその時夢幻城にあった絵は、殿下お一人のものだったのでしょう。……ですが、そのあと―――星祭り以降、あのエリザベートが新しい殿下の絵を求めないと思いますか?現に、ミュリエル夫人は絵画の間で星祭りの夜会の絵を見ているのに?」
「あ………」
静かな指摘に、アルは黙らざるを得ない。
不自然に―――隣に写る誰かの姿を切り取ったように、細長かったという、夜会の絵。
パレードの絵にしても、ナイアスの土産だというのなら、事前にエナの部分を切り取って渡したかもしれない。
だが、写実絵師は一人だけではない。
ステファーノが話を聞いたというその絵師の絵がエナの部分を分離できたとしても―――他の絵師の絵も、すべてがそうだとは限らないのだ。
「………あいつが……エナの絵姿があの女の目に触れた可能性は……どれくらいだ……?」
「……完全に、間違いなく」
きっぱりと、ステファーノはアルの縋りたかった希望的観測を打ち砕く。
「殿下、エリザベートはあなたをアルフォンゾ様だと信じているんですよ?そんな彼女が、愛する貴方が王家の指輪を渡した相手―――心を寄せた相手のことが気にならないはずがない。たとえ、他の女と写っている写実絵を見て発狂するだろうエリザベートを慮り、夢幻城の者が殿下の絵からエナさんなり、姫様の姿を切り取って渡していたとしても、エリザベートはエナさんのことを知ろうとしたはずです。いや、むしろ積極的に聖女エナの絵姿を買い求めたかもしれない。」
「……じ……じゃあ……あのこは……」
「……ええ。エリザベートは、エナさんが誰だか知っている。アル殿下……いえ、アルフォンゾ様がエミリア様の次に想いを寄せた、憎い恋敵だと」
重々しく告げられた言葉に、一同は声を失った。
「………呪われている3人の見当はつかないのか、とおっしゃいましたね」
ややあって、ステファーノはゆっくりと口を開く。
「ミュリエル夫人が、その答えをくださいました。……エリザベートが最も呪った魔女……それは、アルフォンゾ様の妃、エミリア様だった。そして、平民でありながら王子の心を射止めた、シャノワ殿。判っている限り、エリザベートが魔女と呼んだのはこの二人です。……そのことから導き出される答えは、ひとつ―――」
「ま……まさ…か………」
ざっと青褪め、震えるミュリエル夫人に、ステファーノは頷いた。
「エリザベートが呪う、『魔女のこども』とは、『踊り子の魔女』シャノワ殿の忘れ形見、ロザリンドさん。そして、おそらくは、『みっともない取り換えっ子』とは、シャノワさん。……エリザベートは、エナさんにシャノワさんのことを『魔女に呪われた、みっともないおひめさま』と言ったそうですからね」
「そんな!!!」
「ちょっと待って!だって、あの子は……シャノワって子は、カナンの姫君だろう?だったら取り換えっ子っていうのは……」
「……魔女の取り換えっ子、というのは、むかしからあるおとぎ話だ」
ミュリエル夫人が悲鳴のような声を上げる。
異論を唱えるナルファの声を遮ったのは、難しい顔をしたアルだった。
「魔女が、醜い子供とお姫様を入れ替える……だが、美しく成長したお姫様は王子様に見染められ、魔女を倒して本当の両親である王様の許へ戻る……そんな話だったと思う。……俺ですら知っているくらい有名なおとぎ話だ。あの女がそれを知らぬはずはない……」
「そ……それじゃ……彼女は……そのおとぎ話を……鵜呑みにして………?」
愕然と目を見開き、ナルファは呟く。
「いくらなんでも……そんな………」
だが、信じられないと思う反面、世界樹としては破格の柔軟な思考を誇るナルファには判っていた。
エリザベートなら……そう考えかねない、ということが。
「…で…は………では、まさか………まさか……あの女の言う……『嘘つきの魔女』……とは……」
がたがたと震え、ステファーノに縋りつかんばかりのミュリエル夫人と、覚悟を決めたような瞳で見つめるアルを見比べ、ステファーノは恐ろしく真剣な顔で頷いた。
「エリザベートがいま全身全霊をかけて呪う相手。アル殿下の心を射止め、王の心を贈られた、憎い恋敵。……そして、「生まれたての精霊」と彼女に嘘をついた少女―――『嘘つきの魔女』とは、エナさんのことです」
……きっと、この場の全員がステファーノの決定的な言葉を聞く前から、『嘘つきの魔女』が誰を指すのか、判っていた。
判っていながら、その言葉は剣のように全員の胸を貫いた。
「そ……そんな……」
震えながら、チュチュが叫んだ。
「そんなの、ないですー!!エナは嘘つきなんかじゃないですー!!エナは……エナは、聖女なのですよー!?それを呪うなんて……そんな…そんなのって……」
「……人間は……本当に……ぼくらには考えつきもしないことを…思いつくんだねえ……」
動揺するチュチュを抱き寄せ、ナルファは重いため息をつく。
「エリザベートにとって、エナさんが聖女かどうか、なんて何の関係もないんでしょう。自分の邪魔になる相手は、すべて魔女。呪うべき敵なんです」
泣きそうに瞳を揺らすチュチュに、ステファーノは疲れたような顔で微笑んだ。
「魔女は、絶対におひめさまには敵わない―――エリザベートは、そう言ったそうですね。そう信じる彼女は、エナさんを呪った。呪い続けた。しかし、星女神の加護を受け、光の神の寵愛を受けたエナさんに、そんなものが届くはずがない。そこで、エリザベートは同じ「おひめさま」であるシンシア様に協力させ、二人がかりでエナさんを呪い殺そうとした……。ミュリエル夫人、シンシア様が命に代えてもエリザベートの儀式を止めようとした要因は、これだったのかもしれません。シャノワ殿のご遺骨のことは別として、エリザベートがエナさんを呪っていると知ったら、あの方が黙っているはずはありませんから」
「ええ……そうですとも。例え誰を呪っていようと、見過ごすような妃殿下ではございませんが、それがエナ様となればなおのこと……刺し違えてでも止めようとなさるでしょう……」
もう泣くまいと唇を噛み締めて、ミュリエル夫人は気丈に頷いた。
「……しかし……だとすると、救いなのは、ナイアスが『嘘つきの魔女』の正体を知っているということだな。いくら奴だって、エリザベートを満足させるために聖女を殺そうとはしないはずだ。……そうすると……一番狙われる可能性のあるのはロザリンドか……」
「ロザリンドさんもエナさんの庇護下にあると言っていい状態です。滅多なことがあるとは思えませんが……念のため、注意はしておいた方がいいでしょうね」
「……それで……どうやってそのエリザベートを止める気だい?今は錯乱が続いているとはいえ、正気に戻ったらまたエナを呪いかねないんだろう?それを放置するつもりなら……たとえ実害がなくとも、白の世界樹は黙っていないよ?」
「黒も!黒の世界樹も黙っていないのですー!!ワリスだって、ジョルムだって、怒り狂ってお城ごとぺちゃんこにしちゃうですー!!」
対応を協議するアルとステファーノに、穏やかな表情のままナルファが凄みを醸し出し、その腕の中で、はいはい!とチュチュも決意を表明する。
「まあ待て。もちろん、このままになんかさせやしねえよ。なんとしても夢幻城に捜査の手を入れ、エリザベートの罪を暴く。まあ、自白させるのは難しいかもしれんが……ステファーノ?」
苦笑しつつ、憤る二柱の世界樹を宥めようとしたアルは、何か言いたげに自分の顔を見つめる友人に気付いて首を傾げた。
「なんだよ?なにかいい案があるのか?」
「……ええ。ここはひとつ、殿下の『顔』にご活躍いただこうと思いまして」
きょとんと目を丸くするアルにすましてそう言って。
ステファーノはにっこりと人畜無害そうな笑顔を浮かべた。




