ドワーフたち
昼食後は何事もなく旅は続いた。
馬車に乗り込む前に、ステファーノが麻袋に柔らかい枯草を詰めて作ってくれた、即席のクッションのおかげで、それ以上お尻を痛めることもなく。
日が落ちきる寸前に、一行はタキオスの砦に着くことができた。
「これがタキオスの砦……」
そこは、ぶっちゃけ廃墟だった。
元は大きな建物だったのだろうが、今は側塔がひとつと、石組みの壁の一部が、森の中の開けた場所に残っているのみだ。それでも、塔の中なら雨露はしのげるだろう。
「……遅かったな」
馬車を止め、馬から降りたところでかけられた声に、騎士たちが反応する。
「……待て」
剣の柄に手をかけて塔を睨む騎士たちを止めたのは、オルグの静かな声だった。
塔の開口部、闇の中に松明らしき灯りが現れる。
「お久しぶりでございます」
「…日があるうちにはつくかと思ってたぜ」
丁寧にお辞儀をするオルグの前に、姿を見せた声の主――それは、小柄でがっしりした体躯に、ところどころ編み込んだ腰までの長いひげ、浅黒い肌に黒髪のドワーフだった。
「お久しぶりです。ブルム公」
「でかくなったなぁ、坊主!」
アルと挨拶を交わす、ドワーフの男。
リュドミュラの話にも出てきた、最後の勇者とともに戦ったという、ドワーフきっての戦士らしい。
「ドワーフって初めて見た!」
「やっぱりおひげなんだね!」
元の世界にはいない種族を目の当たりにして、姉弟は興奮を隠せない。想像していたより背は高いが、やっぱりドワーフと言ったら、立派なおひげだ。
「……あれ……?」
何気なく颯太とドワーフの伸長を見比べて、依那は首を傾げた。
「颯太……あんた、背、伸びた?」
「え?……そうかな?」
「うん。絶対伸びた。5センチ以上伸びてない?」
元の世界にいたころは、並ぶと颯太のつむじが見下ろせていた。
だが今は、162センチの依那と、ほとんど目線が変わらない。春の健康診断で、もう少しで155センチ!と言っていたから、やっぱり5センチ以上伸びている計算になる。
「やった!もうすぐ姉ちゃん追い越す!」
「颯太のくせに生意気な!」
「痛い痛い痛い!」
……やっぱり、男の子なんだなあ……
いつの間にかおっきくなっちゃって。
じきに身長も自分を越して、腕っぷしでは勝てなくなるんだろう。
「…で?あれが今回の勇者と聖女か」
感慨に浸りつつ颯太の耳を引っ張っていると、そんな声が聞こえた。
「はい、勇者のソータ殿、聖女のエナ殿です」
声の方を見ると、こちらを見るブルム公と目が合う。
紹介されるのを待つ方がいいのかとも思ったが、依那と颯太はブルム公へと歩を進めた。
「勇者の沢井 颯太です。こちらは聖女で姉の依那。よろしくおねがいします」
依那が口を開くより先に、颯太がしっかりと挨拶をする。
「今回の勇者と聖女は姉弟か。俺は、誇り高きドワーフ、ブルカ族のブルム・バンデッド・ブルムだ。よろしくな」
そう言って、ブルム公は颯太に手を差し出した。
「握手……っていうんだったよな。これは」
握手する颯太を、どこか懐かしげに見るのは、前勇者アーサーのことを思い出しているのだろうか。
「しっかし……細っせえなぁ。今回の勇者は。アーサーもヒョロっちかったが……お前さん、いくつだ?」
「えっ?じゅ…12です。もうすぐ13になります」
「じゅうさん?…人間の13つったらまだガキだろうが?」
ガキだよな?と確認されてアルは苦笑する。
「年齢的には子供だが、ソータは勇者として覚醒している。竜の試練も前知識なしで潜り抜けた。ただの子供じゃねえよ」
「そうかい、そいつは楽しみだ」
嬉しそうに笑って、ブルムは騎士たちに向き直った。
「中庭の方にまだ使える馬小屋がある。馬はそっちにつないでやると良い。馬車も、荷車もだ」
「承知しました」
「お前さんたちはこっちだ」
促されて颯太、依那、オルグ、アル、レティとエリアルド、ステファーノは塔の中へ入る。
塔の上階は崩れかけていたが、地下は無事のようで、短い通路の脇の、階段を下りた先には炊事場と食堂があり、ドワーフが三人、忙しく立ち働いていた。
「おう、お着きですかい」
炉の前で、鍋をかき混ぜていた栗毛のドワーフが顔を上げる。
「お、もしかしてそっちの赤毛はアルなんとかかい?でっかくなったなぁ」
「ポジタムのおっさんか!相変わらず人の名前覚えねえなぁ」
「おうよ!久しぶりだなぁ!人族の名前は面倒でいけねえ」
食堂の隅で武器の手入れをしていた、くすんだ金髪のドワーフはアルと知り合いらしく、親し気に挨拶を交わしている。テーブルの用意をしていたもう一人の栗毛ドワーフも、こちらへ軽く会釈をした。彼だけはひげが短めで、片目に眼帯をしている。
「紹介しよう。俺の兄弟分だ。料理してるのがザウト、武器の手入れしてんのがポジタム、そっちの片眼がザギト。ザギトはザウトの倅でな。まだひげも生え揃わん半人前だが、腕は確かだ」
「よろしくお願いいたします」
ひげか。基準はひげなのか!?
よくわからないながらも、颯太と依那はオルグに倣って頭を下げた。
ややあって、焦茶色の髪のドワーフが、騎士たちを伴って階段を下りてきた。
「馬は休ませて、飼葉をあてがってきたぜ。水もたっぷり与えてきた」
「ご苦労さん。こいつはゴルト。ドワーフからは俺たち五人が同行する。よろしくな」
「さあさあ、まずはめしにしようぜ!せっかくの料理が冷めちまう。話なら食いながらでもできるだろ」
鍋を持ったザウトに急かされ、一同はまずは腹ごしらえをすることになった。
テーブルには、手際よくキジの丸焼きや、大ジカのロースト、キノコのソテーなどが並べられ、ザウトが鍋からよく煮込まれた、シカ肉のシチューをよそって回る。
「いただきます!」
移動ばかりの一日を終えて、お腹も空いていた依那たちはさっそく食事に取り掛かった。
「美味しい!シカ肉って、こんなに柔らかくなるんだね!」
「本当ですわね、こちらのキジ肉も、すごく複雑な風味ですわ!」
年少組がきゃっきゃっと食事を楽しむさまを見て、ザウトも目を細める。
「勇者の坊主もだが、お姫さんに気に入ってもらえてよかったぜ。こちとら上品な料理なんてできないからなぁ」
「とても美味しいですわ。それにわたくし、アル兄様が狩りの獲物で作ってくださるお料理も、大好きですの」
「嬢ちゃん、塩パンにはこのジャムをつけてみな。うまいぜ」
「ほんとだ!美味しい~!」
「これは…わあ、すごいな、ラクルトの実のジャムですね!レモンとイチゴの中間のような味がする。エンデミオンではなかなか採れないんですよ」
「なんだ、お前さん、見たことあると思ったら、何年か前、ブルカの森に植物採集に来てた学者先生か。久しぶりだなぁ!」
「覚えててくださったんですか!嬉しいなあ」
勇者組はすっかり打ち解けて話が弾み、
「これは……肉切りナイフにしておくのが惜しいほどの切れ味ですな!」
「ポジタムのおっさんは、鍛冶職人としても一流だからな」
「なんと!これはポジタムどのの作品ですか!」
「作品ってほどのもんじゃねえけどな?」
「さきほどの剣も素晴らしい一品でしたが、あれもポジタムどのが?」
「こっちの剣はゴルトの作品だ。なあ?」
「こちらも素晴らしい剣ですね!刃の鋭さもさることながら、バランスが素晴らしい。…私はまだ経験が浅く、重い剣だと扱いづらいのですが、こういう剣なら疲れも少なく扱えそうですね」
「お前さん、騎士にしてはヒョロっちいからなぁ。…どれ、剣を見せてみろ」
騎士組はすっかり武器の品評会になっている。
ドワーフなどいない世界から来た颯太や依那が、物おじもせず楽しそうに話しているのを見て、オルグは内心ほっと息をついた。
この世界に生まれ育った人間でも、ドワーフやエルフ、ドラゴニュートなどの亜人を厭う者は少なくない。この二人なら大丈夫だと信じてはいたものの、気難しいところのあるドワーフたちと打ち解けられるかが、少々不安でもあったのだ。なにしろこの先魔王と戦うためには人間だけでなく、亜人たちとも力を合わせる必要があるのだから。
「おう、王子様!ちゃんと食ってるか!?」
「!」
考えに浸っていたオルグは、突然背中を叩かれて危うく持っていた杯を落としそうになった。
「坊主に比べればお前さんはヒョロいんだ。ちゃんと食え、たんと食え、そしてひげを生やせ!」
「ひ……ひげ…ですか?」
「おうよ!男はひげだ!ひ・げ!!」
オルグに骨付き肉を押し付けようとするブルムは、ちょっと……いや結構、酒臭い。
「男として生まれたからには、ひげは必須だぞ!」
「やめろおっさん!」
ひげの素晴らしさを力説しようとするブルムを、アルがしばく。
「オルグにまでひげを押し付けんじゃねえよ!人にはなあ、向き不向きがあんだよ!それに、人族はドワーフみたいに立派なひげは生えねえの!」
「む?そうか?俺のひげは立派か?」
「あー立派立派!だからオルグにひげを生やすな!」
酔っ払いブルムを適当におだて、オルグを救出する。
「……おひげ……ありでしょうか?」
「ねえよ!」
何故そこでちょっぴり乗り気なんだお前がひげなんぞ生やしたら国中の女が泣くぞいやまずレティが泣くぞそんでもってエナが爆笑するぞ
脳内でノンブレス文句を並べつつ、アルは酔っ払いを隔離し、品評会を続ける騎士たちに明日の準備を指示し、勇者組を休ませる。
明日からは整備された街道ではなく、森を抜ける道を行く。とりあえず、カナンに着くまでは馬車で移動が可能だが、そのあとは徒歩移動となるだろう。
特に、ルルナスの森が近くなれば、スフィカだけではなく獣や魔物の出現も覚悟しなければならない。
……それに……
「……まぁ、今から悩んでもしょうがねえか…」
ため息をついて、アルは見張りにつくべく立ち上がった。
旅はまだ始まったばかりだ。