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魔の手 6


 「……ば…馬鹿な……貴様はたしかに死者の島に……なぜ……」

 つい先刻、王宮に潜入する寸前に、アストリッドは死者の島に勇者や聖女がいるのを確認している。

 それなのに、なぜここに依那がいるのか、と信じられぬ思いで目を瞠るアストリッドに、にい、と依那は笑った。


 「そんなん、偽装に決まってんじゃん!今までさんざんあんたに騙されてきたんだからね!お返しよ!!」

 「さすがの魔女アデルナーダも、世界樹の幻覚は見抜けなかったみたいだね」

 へっへーん!と胸を張る依那の隣、ふわりと具現化したナルファが人の悪い笑みを浮かべ。

 「いい加減、やられっぱなしは性に合わねえ。エルトリンデ殿の覚悟を聞いて、協力したってわけだ」

 「ノルド族のエルトリンデさんには、ワリス様の加護もろくに与えられていないだろうと見下していたんでしょう?浅はかですねえ。エルトリンデさんが戻った時の、あのお祭り騒ぎを忘れたんですか?」

 剣を肩に担いだアルと、呆れたようなステファーノが姿を現す。

 「そうよそうよ!わたくしのお母さまは、サイッコーにかっこいいんだからね!!」

 いつの間にかしっかりとワリスに庇われたエルトリンデの隣で、フェリシアがはやし立てる。

 ことここに至って、アストリッドは自分が完全に進退窮まったことを知った。


 「観念するがいい、アデルナーダ。エルフの面汚しめ。もはや逃げ場はないぞ」

 「くっ……」


 ―――ど……どうして?なぜこんなことに!?


 ワリスに凄まれ、屈辱と怒りに唇を噛みしめながら、それでもアストリッドは血走った目で逃げ道を探す。

 しかし―――。


 周囲を人とエルフに囲まれ、唯一の手駒であるミレーヌも失って。

 手の届く範囲内に乗り移れるエルフはおらず、魂の道を繋ぐぺルピナスも、新たに祝福の結界を張られてしまった今となっては、アストリッドの手を離れた瞬間に消滅してしまうだろう。

 おまけに、目の前には聖女と、世界樹が2柱。状況はあまりにも悪すぎた。


 「さあ、おとなしく縛につくがいい!お前には聞きたいことが山ほどある!」

 魔法を編み込んだ魔物用の縄を手に、エリアルドと人間の騎士たちがじりじりと輪を詰める。

 「そうよ!まずはシャノワの居所を吐いてもらうわよ!魔王のところに連れていかれたんでしょう!?」


 ―――()()()()!?


 フェリシアの叫びに、アストリッドははっと目を瞠った。


 ―――そう……そうだ……()()()()()()()()。あの、無様でみっともない、怪力姫が!!


 もともと、アストリッドがシャノワと命を入れ替えたのは、自分が暗殺されたとき、代わりにシャノワを殺すことで逃げる時間を稼ぐためだった。『聖女の涙』という魂の拠り所を持つ魔王とは違い、アデルナーダは乗り移っていた身体が死ねば、魂の状態ではせいぜい()()()()()()()()()()()()()のだから。


 だが、こいつらには。


 アデルナーダにとっては何の価値もないゴミ同然のあの姫も、この愚かなエルフや聖女には死なせたくない大事な相手なのだ。ならば―――。


 「……このわたくしに縄を打つつもり!?あの怪力姫が()()()()()()()()というのかしら?」

 「!?」

 つんと顎を上げ、勝ち誇ったようにそう言ったアストリッドに、依那とフェリシアは顔色を変える。

 「どういうことよ!あんた、シャノワに何をしたの!!」

 「ハッタリだったらただじゃ置かないわよ!!」

 「まあ、品のないこと」

 詰め寄る二人に、アストリッドは口許に手を当ててくすり、と嗤った。


 「仮にも、気高いクルトの姫とあろう者が……お友達は選ぶべきですわよ?フェリシア」

 余裕たっぷりに一同を見渡し、ひたりと依那に目を据える。

 「……シャノワ……あの怪力しか取り柄のない姫は、意外と勘が鋭かったのね。……それとも、獣じみた野生の勘かしら。いずれにしても、あの娘が最初にわたくしの正体に気付いた。だから……わたくしは、その記憶を消すとともに、あの愚鈍な女の命をわたくしに結びつけたの。余計なことを喋らないようにね」

 「なんですって!?」

 「じ……じゃあ…シャノワは……」

 「わたくしを害せば、あの女が傷つく。()()()()()()()()()()()()()()……さあ、どうする?それでもわたくしに縄を打つというのかしら!?」

 傲然と両手を広げ、アストリッドは顔色をなくす依那とフェリシアを嘲笑った。

 

 



 同じころ、当のシャノワは悲壮な決意を胸に秘め、ナイアスと対峙していた。


 全てを知った今、世界を裏切り、魔王に与したナイアスを―――母を殺し、聖女を呪うエリザベートを見過ごすことは、もうできない。

 カナンの姫として……いや、血の繋がった従兄妹として、彼らを止めなければならない。たとえ―――()()()()()()()()()


 「……そんなに、怖い顔をするものではないよ。カナンの姫君」

 その決意が顔に出ていたのだろう、じっとナイアスを見つめるシャノワの隣で、コンラートがくすり、と笑った。

 「残念なことに……いや、きみにとっては幸いなことに、かな?きみの母上は亡くなる寸前に、エリザベート姫の呪具を二つも奪っていった……。そのせいで、エリザベート姫は今は聖女を呪いたくても呪えない状況さ。………もっとも、幻覚に怯え、それどころじゃないだろうけどね……」

 「お母さまが?」

 「……そうだ。伯母上は、()()()()()()()()をしてくれた!」

 驚くシャノワに、ナイアスは吐き捨てるように口を挟んだ。


 「伯母上は、エリザベートのお気に入りだった、踊り子の髑髏を奪い、呪いを増幅させる祈りの方陣を焼いた。……そんなことさえしなければ、エリザベートが伯母上を殺すはずなどなかったのだ!エリザベートは、伯母上を『同じおひめさま同士』として慕っていたのだからな!!」

 怒りに頬を染め、ナイアスはシャノワに向き直る。

 「そのせいで、伯母上は殺された!!自業自得だ!私は……私は、()()()()()()()()()()()()も、伯母上だけは生かしておこうと思っていたのに!!」

 「!?暗殺!?」

 ぎょっとして、シャノワはカウチから腰を浮かせた。

 「兄様……まさか、お父さまを!?」

 「……当り前だろう!私は、カナンの王にならねばならぬ!だから、お前を殺し、伯父上から()()()()()()()()だったのだ!貴族議会などという面倒な手順は省いてな!!」

 「!!……なぜ……王璽のことを……」

 「はっ!直系ではない私には伝わっていないとでも思ったか!?……生憎だったな!お祖母様が……クラリッサ皇太后が教えてくれたよ!おまえのようなみっともない娘ではなく、私が王となるべきだとな!!」

 「そん……な……お祖母さま…」


 信じがたい裏切りに、シャノワは知らず一歩後退った。

 王爾のことは、直系にしか伝えてはならないはずなのに。


 「一度魔人になったロザリンドは、カナンの王位を継ぐことは出来ん。お前が……お前さえ死ねば、私はカナンの王となれるのだ!お前の伴侶として王配となるのではなく、カナンの王に!()()()()()()()()()……死んでくれ!シャノワ!!」

 追い詰められた獣のようにぎらぎらと瞳を輝かせ、ナイアスは腰の剣に手をかけた。




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