タキオス砦へ
離宮を出た一行は、まずは南進し、120キロほど離れたライカの街を目指した。
とはいえ、ライカの街に入るのではなく、目的地はそのすぐそばにあるタキオスという砦だという。
「街には入らないの?」
「市街に立ち寄れば、ライカの領主に気を遣わせることになりますからね」
馬車の中、不思議そうな颯太にオルグが説明する。
「聖女様や勇者様、おまけに王族が三人も立ち寄るとなれば、どうしても大事になりますから。歓迎の式典とかやってる場合じゃありませんし」
「そっか」
言われてみれば、颯太と依那、オルグとレティが乗るこの馬車も、離宮に来た時よりも簡素で、王家の紋章とかそういう身分を示すものは一切ついていない。
馬に乗るアルやエリアルド、ヨハンたちも武装はしているものの、騎士団の徽章は外している。
物資を運んでいる、小さめの荷馬車には、増援騎士のマルクス、カノッサが乗り込んでいるが、彼らは鎧すら身に纏っていない。
「今日は街道を行きますが、タキオスで援軍と合流し、明日からは森の中を進みます。カナンに入るのは明後日になるでしょう」
「…エナさん、ソータくん」
仕切りの小窓を叩いて、馭者席の隣からステファーノが声をかけてきた。
「姫様たちも。左側を見てください。リーテンラスターの群れが通りますよ」
「えっ!どこどこ!」
慌てて颯太たちは左側の窓にへばりつく。
ちょうどそのとき左側の森が途切れ、視界が開ける。
切り立った崖のむこう、広がる草原と、その上空を飛ぶ飛竜の一団が見えた。
「うっわ!え、なにあれ、ドラゴン!?」
「リーテンラスター、小型の飛竜ですよ。怖そうな姿ですが、草食で、こちらから攻撃しなければ、まず向かってくることはありません」
「小型って、どのくらいの大きさなんですか?」
「そうですねえ、この馬車くらいでしょうか。残念ながらあまり力がないので、騎乗には向いてません。乗るなら通常の飛竜…ラスターの方ですね。ただ、ラスターは肉食でけっこう血の気が多いので、飼い慣らすのは大変ですけど」
ぽやぽやとした口調で、それでも的確に、ステファーノは道々に見える、珍しい植物や動物について説明をしてくれる。
博識な彼の話は面白く、あっという間に時間は過ぎていった。
「よし、じゃあこのへんで一度休憩を入れるか」
昼をちょっとすぎたころ、ちょうど火を熾せそうな場所を見つけて、アルが馬車を止める。
さっそく騎士たちが、昼食の準備や馬の世話を始めるのを申し訳なく思いながら、依那と颯太は馬車から降りて身体を伸ばした。
「あい……たたた」
午前中ずっと座りっぱなしだったためか、結構腰やら背中やらが痛い。
とくにお尻が痛い。
離宮へ来た時に乗っていた王家の馬車は、やっぱり上等だったんだなぁ、と思ってしまう。
「エナ姉さま、大丈夫ですか?」
「ちょっとお尻がね……レティは大丈夫?」
「わたくしは慣れておりますから……と言いたいところですが。やっぱりちょっと痛くなりますわね」
などとガールズトークをしていたところ。
「なんだよ、ケツが痛いのか?」
その辺から薪を集めてきたらしいアルが通りかかった。
「いつもの馬車に比べると、少し硬いし振動が響くからな。毛布でも折って下に敷くと少しは楽だぞ。あと、ケツが痛いときはここを…」
「ギャーーーー!!!」
話しながら突然むんず!とお尻を掴まれて、依那は色気もへったくれもない悲鳴を上げた。
お尻を庇い、真っ赤になって振り返れば、あっけにとられたアルが、尻を掴んだ体制のままで固まっている。
「バカバカバカ!どこ触ってんのよ!エッチ!痴漢!」
「え?ちょっ…待て!落ち着け!」
叫ぶ依那の感情につられてか、その辺の枝や小石がアルに降り注ぐ。咄嗟に防御したものの、結構大きな枝が直撃して、アルはひっくり返った。
「ってえな!なにすんだ狂暴女!」
「あんたがいきなりお尻触るからでしょうが!」
「ああ?ケツが痛えって言うから、ツボ教えた……」
言い返そうとして、アルは途中から急に神妙な顔になった。
「あー……そうか。ケツか………すまん、女だっての忘れてた」
「それはそれで失礼なんだけど!?」
ぐーで殴ったろか!とは思ったものの、素直に謝られてはこれ以上文句も言えず、依那は口を尖らせた。
「…まぁまぁ、お二人とも、そろそろ食事の用意もできますから」
一部始終を見ていたらしいヨハンが仲裁に入る。
なんとなくその視線が生暖かくて、依那はそっと視線を逸らすのだった。