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東の塔


 白大理石の階段をゆっくりと上る。

 2階を過ぎ、3階、そして4階へ。

 階段を上り切ったそこは、円形の小さな部屋だった。

 壁の半分以上を大きな窓が占め、残る真っ白の壁面の半分は、ちょうど大人が一人入れるくらいのアルコーヴになっている。

 ナイアスは与り知らぬことだが、哀れな侍女見習いのタニアがアイシスに告げた、祈りの塔とはこの場所のことだった。


 ナイアスは歩みを止めることなくその壁に向かい、アルコーヴの内側、腰掛のようになっている部分の正面の壁にかけられた、大聖女の宗教画に触れる。

 と、一瞬タイルのようなその表面に目玉のようなものが浮かび、それからアルコーヴの奥の壁がふっと掻き消えた。

 そこに現れたのは、さらに上へと続く階段。

 隠されていたその階段を、ナイアスは顔色一つ変えることなく上り始める。


 ―――エリザベート……


 その彼の心を占めるのは、ただひとり。世界で一番たいせつで愛おしい、何があっても護りたい、かけがえのない存在。

 そう、エリザベートとそのガラスのように繊細な心を護ることが、父エイダスから受け継いだナイアスの使命だった。


 エイダスが、()()()()()()()()()という悲願のために他国召喚に手を染めたように。

 エイダス亡き後、ナイアスがエイダスの名で他国召喚に関わり続けたのも、すべてエリザベートのためだ。

 エリザベートの笑顔のため、エリザベートの安寧のため、打てる手はすべて打ってきた。

 それなのに―――その彼女が、今、あの幻覚のせいで精神崩壊の危機に陥っている。このまま手を拱いていれば、遠からず彼女は()()()()をも失うだろう。

 

 「………大丈夫、私が何とかします。……私がお護りしますよ、エリザベート!」

 

 一呼吸おいてそう呟き、ナイアスは階段の到達点にある、白い観音開きの扉に手をかけた。

 



 「カナンのお姫様が、()()()()()()()らしいね」

 精神世界の寝室で、力なく寝台に座り込むオルグに、コンラートは天気の話をするような気軽さでそう告げた。

 「シャノワ姫が?」

 その言葉に、オルグははっと青ざめた顔を上げる。

 同じ体を共有している状態とはいえ、隔絶された精神世界に幽閉されたオルグには、外界での出来事が共有されるはずもない。そんなオルグの焦りを楽しむかのように、時折こうしてコンラートは彼の元を訪れ、情報を与えるのだ。

 たった今―――シンシアの訃報を知らされたように。


 「まさか……あの傷心の姫に、シンシア殿の訃報を!?」

 「酷いなあ。おれだって鬼じゃない。さすがに食事も喉を通らないほどに思いつめている女の子に、これ以上の追い打ちをかける趣味はないよ」

 苦笑しながら手を振り、コンラートはソファで足を組み替える。

 「あの子は勝手に自分を責めて、責めて、責め抜いて命をすり減らしているのさ。……馬鹿だよねえ。顔も知らない祖先の仕出かしたことなんか、自分には関係ないって開き直ることもできるのに。そんなこと、頭にも浮かばないんだろうなぁ」

 「……それが判っていながら、何故!」

 他人事のようなコンラートにかっとして怒鳴る。


 「何故シャノワ姫を放置するのです!3000年も昔の先祖の罪など彼女の与り知るところではないと、あなたが一言そう言ってさしあげれば、彼女は…」

 「()()()()?」

 激昂するオルグの言葉を、氷のような一言で遮って、コンラートは恐ろしく冷たい目でオルグを見据えた。


 「この世の誰よりもカナンを憎み、恨み、呪っているおれが、何故カナンの姫を救わなければならない?何故、カナンの王族を赦すような真似を?……自分が何を言ってるのか、判っているのかい?トーレ」

 「……っ……」

 静かな彼の怒りが痛いほどに伝わってきて、思わずオルグは唇を噛む。

 「……たしかに、彼女は善良で正直だ。あの子がただの女の子なら―――すくなくとも、()()()()()()()()()()()、おれも何とかしてやりたいと思うよ?でも、あの子は……シャノワは、()()()()()なんだ。それだけで、おれには罪を償わせる対象になる……」

 「し……しかし……」


 コンラートの過去を思えば、彼の言い分も判る。だが、それを認めてしまったら、シャノワはどうなる?死にかけているという彼女を救う方法はないのか?


 「………おやおや」

 なんとかコンラートを説得する術を模索するオルグの目前で、ふと何かに驚いたようにコンラートは顔を上げた。

 「………コンラート殿……?」

 「……これは面白い。()()()()()()()()ようだよ、王子様」

 くすり、と笑ってコンラートはソファから立ち上がった。


 「!お待ちください!話はまだ……」

 「話は、それだけだよ。トーレ……いや、オルグレイ。なんと言われようと、おれにはシャノワを救う義理はない」

 追いすがろうとするオルグに背を向けて一歩踏み出し―――それから、コンラートは口許だけに笑みを貼り付かせて振り返った。

 「……いや……ここに閉じ込められっぱなし、というのも気が滅入るよね。……ちょうどいい。きみにも、見せてあげよう。……()()()()()()()()()をね」

 「コンラート殿!?」

 その言葉と同時に、コンラートの姿は空気に溶けるように消える。

 代わりに、寝室の中央に直径1メートルほどの球体が浮かび、どこか、白い部屋の内部を映し出した。


 白い壁、白い床。

 調度品はあまりなく、部屋の中央には白いカウチと白いラグ、白い小さなコーヒーテーブル。

 大きな窓からは湖が見え、窓の手前には純白の大聖女像。

 窓の向こうの壁は観音開きの扉になっていて、今まさにその扉が開くところだった。

 「……これ……は……」

 息をつめ、オルグはただ茫然とその光景に見入っていた。

 



 白い薔薇の浮き彫りのある観音開きの扉は、思いのほか重かった。

 だが、鍵などはかかっていなかったらしく、少し力を籠めるとゆっくりと開いて行く。


 扉の向こうは下にあった部屋と同じく窓の大きい真っ白い部屋だったが、下の部屋とは違い純白のカウチやラグ、小さなコーヒーテーブルが並び、壁際の暖炉には赤々と火が燃えている。

 そしてなにより下の部屋と異なるのは、窓の前の台座に鎮座する()()()()と、カウチに座り、()()()()()姿()だった。

 窓から差し込む午後の光を受けて、大聖女像の胸で『聖女の涙』がきらりと輝く。


 「………珍しいね。きみがここへ来るとは……」

 無言のまま騎士の礼を取るナイアスに軽く頷いて。

 「………歓迎するよ。ナイアス」

 

 コンラートは、にっこりと微笑んだ。

 



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