旅立ち
二日後の早朝。
聖剣の試練に赴くべく、用意を整えた一行は、離宮の前庭に集合した。
当初は、ステファーノと増援の騎士が到着した翌日、物資輸送の騎士たちと王都へ戻る予定だったイズマイアだが、マクハギスとの同行は避けた方が良いというリュドミュラの配慮によって、試練に向かう一行を見送ったのち、ファラムとともに王都へ帰る手筈となっていた。
「本当に、気を付けるのですよ、ステファーノ。くれぐれもエナ様やソータ様や皆様方にご迷惑をおかけすることのないように。それから、スフィカには絶対に近寄らないように。それと…」
「わかったわかった、大丈夫だよ、イズマイア」
延々と注意事項を並べ立てるイズマイアに、ステファーノが苦笑する。
「ほんとうに…きみは母上よりも心配性だなぁ」
「あなたが危なっかしいからですわ!」
ちょっと噛みついて、それからイズマイアはみんなを見渡して言った。
「どうか…みなさま、お気をつけて。必ず無事でお戻りくださいね」
「うん!行ってくるね!イっちゃん!」
「イっちゃん様も道中お気をつけて」
「エナ殿」
しばしの別れを惜しんでいた依那は、リュドミュラに呼ばれて振り返る。
「リュドミュラ様、お世話になりました!」
「いえいえ、なにほどのことでもありませんよ。それより、そなたにこれを」
「…これは?」
リュドミュラに渡されたのは、親指の爪ほどの大きさの水晶だった。
リュドミュラは、その石をそっと依那の左の手首に当てる。すると、水晶から淡い金色の光が湧き出て、見る間にそれは金の糸となり、複雑に絡み合い、依那の手首を取り巻いて、繊細な細工の腕輪を象った。
「身代わりの護りです。一度だけ、持ち主の身代わりに危険を引き受けてくれますわ」
そう言って、リュドミュラは依那の手を握った。
「お気をつけて。あなたは聖女として、試練を乗り越えなければなりません。あなたなら、きっと成し遂げるとわたくしは信じておりますが…」
「ありがとうございます。リュドミュラ様や、オーちゃんに教えていただいたこと、絶対役に立ててみせます」
にこっと笑って、依那はポケットから小さな包みを取り出した。
「私と颯太からも、リュドミュラ様にお渡しするものがあるんです」
「わたくしに?」
リュドミュラは不思議そうに包みを受け取り、その中身を見て息をのんだ。
渡されたのは、手のひらに載るほどの大きさの小匣。
銀の枠だけでできた匣の中には氷の球があり、その球に封じ込められていたのは、咲いたままのエリスの花だった。
「エナ殿!これは…この花は…」
「あの満月の夜に、リュドミュラ様にお渡しした、エリスの花です。湖の上に漂ってたのを見つけました。オルグさんに、永久に解けない氷の魔法を教えてもらって、やってみたんですけど」
照れ臭そうに、依那は笑う。
「また、奇跡が起こるかはわかりませんけど。オーちゃんがオーギュスタくんになったんだったら、可能性はあるかな、って。月の光、いっぱい浴びさせてあげてくださいね」
「…ありがとう…」
エリスの花を抱いて、やっとそれだけを口にするリュドミュラに笑い返し、依那は仲間の元へ戻っていった。
「揃ったな」
「では、行ってまいります。…出立!」
オルグの号令で、一同は離宮に別れを告げ、試練へと旅立った。