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夢幻城襲撃


 一行がセオに連れられエンデミオン王宮の軍議の間に転移したのは、まさにゼラール王が出立しようかというときだった。


 「ゼラール王!!」

 「ゼラール様!」

 「おお……アルトゥール殿下……勇者様、聖女様も……」

 思わず駆け寄ったアルたちに、ゼラール王もぎこちない笑みを浮かべた。

 「此度は……大事なお役目のところ、私事で煩わせて申し訳ない」

 「何をおっしゃいますか!」

 「そうですわ。シンシア様には大神殿の災厄以来ほんとうによくしていただいておりましたもの…知らせを受けて胸が潰れる想いです」

 「レティシア姫……」

 涙をいっぱいにためたレティの、真心のこもった言葉に、ゼラール王も言葉を詰まらせる。

 「……お言葉、心から感謝する。急を要するゆえ一旦カナンへ戻りますが……今後のことはまたのちほど……」

 慌しく帰国の途に就く隣国の王を見送って、一同は深いため息をついた。


 「……しかし………何故シンシア殿が……」

 「……大丈夫ですか?ソータくん」

 まだ顔色の悪い依那に寄り添うようにしてレティが退出していくのを目の隅で見ながら、ステファーノは強張った顔で黙り込む颯太を気遣った。

 シンシアの訃報を聞いて以来、最初こそ確認の声を上げた颯太はずっと押し黙ったまま、固い表情で何かを考えこんでいる。

 「……ソータ?」

 「……王様!」

 心配そうにその肩を擦り、顔を覗きこんでくるアルに曖昧に頷き、颯太は意を決したようにゼメキス王に顔を向けた。


 「……本当に、他国召喚してた奴らだったんですか?そのお城襲ったのって」

 「う…うむ。確証はまだないが、おそらく間違いはないだろうとのことだ」

 そう言って、ゼメキス王は傍らに控えるエリオットに目をやる。それを受けて一歩前へ進み出たエリオットは、聞き取り調査の結果らしい書類を手に、一礼して話し出した。


 「先日の黒の大聖堂事件のあと、ナイアス殿が内密にカーンとアグニ地方に警戒線を張り、黒の聖団の追跡をしていたそうです。そして、不審な屋敷とそれに出入りする一団を突き止め、捜査に入ろうとした矢先、今回の惨事が起ったと……」

 「では、そいつらは探索の手が伸びているのも、夢幻城にシンシア殿が滞在しているのも()()()()()ということか?」

 「はい。夢幻城では女主人のメギド公爵夫人の意向で近衛隊の入城を拒否し、そのため近衛隊は正門前に陣を張っていたとのことですから……妃殿下の滞在は推察されていたのではないでしょうか」

 「………馬鹿なことを……」

 苛立たし気に吐き捨て、アルは舌打ちをする。


 「夢幻城の侍女たちの話では、妃殿下は明朝……つまり、今朝ですね。王都へ帰還する予定だったそうです。その準備のため、夢幻城の結界を解除し出入りのあった隙を衝かれ、城内への侵入を許してしまった、とのことです」

 ぺらりと書類を捲り、エリオットは淡々と続けた。

 「賊の正確な人数は判りませんが、少なくとも十数人の黒いマントとフードを被った男たちが侵入。しかも、彼らは()()()()()()()()()()そうです」

 「ムグドル!?」

 「まさか!!もう一匹いやがったのか!!」

 黒の大聖堂で依那と獣人たちを襲った化け物を思い出し、アルは声を荒げる。

 ムグドルは強烈な酸を吐く危険度の高い魔物だ。黒の大聖堂にいた一匹はアルが倒したが、一介の騎士たちにあの化け物の相手が務まるかどうか……。


 「近衛隊はムグドルと相打ちになる形で全滅。その隙に賊は妃殿下と公爵夫人を拉致しようとし、咄嗟に()()()()()()()()()殿()()()賊の刃にかかった……とのことです」

 「そんな……」

 「それで賊は!?まさか取り逃がしたのか!!」

 「お二人を狙った賊に関しては、夢幻城の守護隊が全滅させたそうです。公爵夫人は妃殿下殺害の衝撃で倒れ、今も生死の境を彷徨っておられると…報告は以上です」

 エリオットの報告を聞き終え、アルとステファーノは難しい顔を見合わせた。


 「つまり……捜査の手が伸びた時期とムグドルを連れていたという一致から、賊が黒の聖団であると推測したというわけですね?」

 「そのうえ、生き残った賊もいないということだな……連中の死体から何か判ったことはないのか?」

 「詳細については、これからの調査にかかってくるだろうな。何しろ、襲撃は昨夜だ。夢幻城は大混乱で、ナイアス殿―――メギド公爵への連絡も夜明けまで遅れたらしい……」

 口を挟むゼメキス王の言葉に、ますます眉間の皺を深くして、アルは唸った。


 「そう…だな……しかし、シンシア殿が夢幻城を訪れた理由については?本当にナイアスに頼まれたから、それだけなのか?」

 「……ああ、それに関して、メギド公爵からそれらしい話を聞いた」

 答えに詰まるエリオットに代わり、ゼメキスは再度口を開く。

 「当初は単なる見舞いと思われたシンシア殿の訪問だが、昨日になって公爵夫人と夢幻城の侍女頭に、夢幻城の礼拝堂への疑惑を口にされたそうだ。なんでも、シンシア殿はカナンの皇太后……クラリッサ殿から、夢幻城にはカーンの修道院だった頃の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことがあったらしい」

 「!!それって……」

 「……うむ。エナ殿やエレ殿たち小聖女が証言した、他国召喚を行っていた黒の大聖堂の特徴と一致する。シンシア殿はそのことに胸を痛め、ご自身の目でそれを確かめるべく夢幻城を訪れたのではないか、ということだ」

 「……で……本当にその礼拝堂はあるのですか?」

 「……いいや」

 勢い込むステファーノに、ゼメキス王は緩く首を振った。


 「メギド公爵の話では、確かにそういった礼拝堂はあったらしい。だが、それはこじんまりした……アルス神殿の大聖女の礼拝堂よりも小さなもので、とても大聖堂などというほどの規模のものではなかったと。おまけに、その礼拝堂自体もエイダス殿が亡くなられた後、公爵夫人の意向で()()()()()()()()()、とのことだ。……そのような疑惑をお持ちなら、ひとこと訊いてくださればすぐにでも疑いを晴らしてさしあげたのに、と公爵はかなり落ち込んでおられた……」

 ため息をついて、ゼメキス王も椅子に深く寄り掛かった。


 「ゼラール殿……シャノワ姫に続き、シンシア殿まで………しんじつの物語といい、心痛は如何許りか……」

 うち続く悲劇に、一気に十も歳をとったかのように窶れていたゼラール王の顔を思い出して、重い沈黙が流れる。


 「……エリオットさん!」

 その沈黙を破ったのは、思いつめたような颯太の声だった。

 「シンシア様のお付きで死んだのって、近衛隊だけ?他には?」

 「え?え……ああ……」

 一瞬虚を突かれたような顔をしたエリオットは慌てて書類に目を落とす。


 「そう……ですね。シンシア様に同行して入城した守護騎士のアイシス殿という方が妃殿下をお護りしようとして亡くなっています。……それが?」

 「……やっぱり……」

 「ソータ?」

 「おかしいよ!こんなの!……だって、入城を拒否されたのは近衛隊だけなんでしょ?だったら、おばさんは………()()()()()()()()()()()()()のさ!!」

 「!!!」

 颯太の指摘に、アルははっと息を飲んだ。


 ミュリエル夫人。

 シンシアが初めてカナンの地を踏んだ時から彼女に付き従ってきた忠実な侍女頭が、夢幻城に同行しないなどとは()()()()()


 「ずっと気になってたんだ。シンシア様が亡くなったのに、ミュリエルさんの名前が出ないから。その公爵夫人ってひとをシンシア様が庇ったって言うけど、だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()よね!?シンシア様の危機を黙って見逃すような人じゃないよ!ミュリエルさんは!」

 「た……たしかに……」


 ミュリエル夫人は、メギド公爵夫人エリザベートに対して嫌悪と反感を持っていた。

 そんな彼女が黙ってシンシアをエリザベートに近づけるはずがないのだ。


 「エリオット!報告に夫人の名はあるか!?」

 「あ……ありません!!」

 泡を喰ったように何度も書類を見返したエリオットは、半ば呆然と顔を上げた。

 「報告では妃殿下の護衛は全滅したとありますが……ミュリエル夫人の名はどこにも……」

 「くそっ!!どういうことだ!!」

 アルが思わず叫んだ時。

 慌しい足音がして、軍議の間の扉が大きな音を立てて開かれた。


 「アル兄様!!」

 見れば、血相を変えたレティとシルヴィアがそこには立っていて。

 「レティ?どう……」

 「いいから!!一緒においでください!ステファーノ様も、ソータ様も!お父様も!!」

 そう叫び、レティは身を翻して駆け去っていく。


 一瞬顔を見合わせ、王たちはシルヴィアの先導の元、その後を追ったのだった。


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