聖女様とは、似合わないにもほどがある
やっと異世界着きました。
がくん、と足元を踏み外したような感覚があって、依那は息をのんだ。
咄嗟に右足を踏みしめる。
夢でよくあるよな―、あたし寝てた?
そんなことを思いながら顔を上げ…………硬直する。
高い天井、なんだか豪華で重厚な……海外の教会?聖堂?そんな感じの壁、柱。ただっぴろい床は大理石のような石造りで、何やら変な模様のようなものが描かれている。
ちょっと、何ここ?あたしさっきまで山の中にいたよね!?
呆然と見上げたド―ム型の天井には、何やらドラゴン?のような絵が描かれていて、普通は天使とか神様描くんじゃないの?と依那はツッコミという名の現実逃避をしかけた。
「ね―ちゃん!!」
不意にかけられた声が、依那を一瞬にして現実に引き戻す。
「颯太!」
振り向けば、魔法陣の先に数人の人影があり、その中に……見慣れない服を着てこっちに向かい声を上げている弟の姿があった。
「ね―ちゃん!」
「まだだめだ、ソータ殿」
手を伸ばす颯太を遮るように赤毛の男が前に出る。
「初にお目にかかる。私は……」
「この…誘拐犯がぁぁっ!!!」
依那は颯太に駆け寄ると、何か口上を述べつつ進み出た赤毛の胸倉を引っ掴んで、問答無用で背負い投げた。
「ア……アル様―――――!?」
「颯太!」
「ね―ちゃん!!」
悲鳴を上げて固まる一同を無視して颯太を奪い取り、抱きしめる。
「バカバカバカ、何やってんのよあんたは――!」
「うわあああん、ね―ちゃぁぁん!」
泣いてしがみついてきた颯太をいったん引っぺがし、怪我の有無を確認する。どこにも怪我が無いのを確認すると、今度は怒りが湧いてきて容赦ないゲンコツをお見舞いした。
「いって―――!!」
「あったり前でしょ!どれだけ心配したと思ってんのよ!」
暴力反対!と騒ぐ颯太をもう一度抱きしめる。
良かった。颯太だ。夢じゃない、ほんとに颯太だ!
我ながらしっちゃかめっちゃかだ、と思いつつ涙を止められないでいると
「……ソータ殿」
先ほどから固まっていた一同の中で、ひときわ目立つ黒髪の男が声をかけてきた。
さっと颯太を背中にかばい、依那は男をにらみつける。
多分、リーダー格だろうが、まだ若い。均整の取れたすらりとした長身に、白と青を基調とした見慣れない服を着て、さらりとした長い黒髪を緩く後ろでまとめている。年齢は依那と大して変わらなさそうだが、威厳のようなものがあった。おまけに今までお目にかかったことのないくらい整った顔立ちをしている。
「ソータ殿。そちらが姉上で間違いないだろうか」
「……うん」
颯太に確認すると、黒髪は胸に片手を当て、依那に向かって恭しく腰を折った。
「初にお目にかかります。聖女様。私はオルグレイ・ト―レ・エンデミア。この国、エンデミオン公国の王太子でございます」
「………はぁ?」
王太子に続き、周りの者たち(床でうめいている赤毛と、それを介抱する二名除く)も恭しく腰を折る。
「聖女様には我々の願いに応えていただき、感謝の言葉もございません。王に代わりまして厚く御礼申し上げます。まずは、王にお目通りいただき、そのあと……」
「ちょっ……ちょっと待って!」
恭しくも畳みかけるように続けられる言葉についていけない。
「願いって何!それに、王太子?王様?何言ってるの?だいたい、ここはどこ?いったい何がどうなってるのよ!」
颯太の手をぎゅっと握り、黒髪……オルグレイと颯太を見比べる。
「失礼いたしました。聖女様には説明がまだでしたね」
すっと身を起こすとオルグレイは微笑んだ。それから真顔になり、続ける。
「ここはエンデミオン公国の王都、アルス神殿にございます。現在この世界は魔王の侵攻により壊滅的な被害を受けており、このままでは遠からず世界は滅亡するでしょう。魔王を倒すには勇者様と聖女様の力がどうしても必要なのです。そのため、創生神アルスの加護により、お二人……勇者・ソータ殿、その姉君である聖女様をお呼びいたしました」
「……何それ……」
魔王?勇者?創生神?
どこのRPG?と聞きたいような単語に開いた口が塞がらない。
この人たち、頭おかしいの?それとも、あたしの耳がおかしいの?
「……エンデミオン公国なんて国、聞いたこともないわ。それに…魔王?勇者?なにそのファンタジ―」
「それも道理でございます。この世界は聖女様のいらした世界とは異なる世界ですから」
こちらへ、と壁際へと導かれる。
「……どうか、われらの世界をお救いください。聖女様」
言葉とともに、オルグレイはさっと暗幕を引いた。
暗幕の外は庭園に面した大窓。その窓から見える夜空には……二つの月が輝いていた。
「……そんな……」
ありえない―――明らかに地球上ではない、光景。
呆然とオルグレイを見れば、彼は真剣な眼差しで頷いた。
信じられなくて、信じたくなくて。
「!ね―ちゃん!」
「聖女様!」
とうとういろいろなものが限界を迎え、依那はそこで意識を手放した。