直訴
「すこしは落ち着きまして?」
まだ話が途中!と思わないでもなかったが、リュドミュラの使いを無碍に断るわけにもいかない。
ヨハンソンの案内で、三人はサロンへ足を向けた。
サロンに着くと、湖に面した大窓を背にし、ソファに座ったリュドミュラが声をかけてくる。
座り心地の良い一人掛けのソファがいくつかと、大型のソファ。暖炉の前には豪華な絨毯と、クッションがいくつか。朝食の間のものよりは少し小さめの円卓には、お茶の用意が整っている。
広いサロンにいるのは、リュドミュラの斜め向かいに座った颯太と、出窓に腰かけたラウだけで、オルグとアルの姿はない。
「さきほどは大変見苦しい姿をお見せして、申し訳ございません」
イズマイアは丁寧に頭を下げる。
「まずは、お座りなさい。話はそれからです」
促され、三人は腰を下ろす。
依那は颯太の隣に、レティはリュドミュラの隣に。そして、イズマイアはリュドミュラの正面に。
「……さて。そなたの願いは、ステファーノの同行を取り止めよ、とのことでしたが」
「……はい」
「なにゆえに、そこまで同行を拒むのです?」
「恐れながら、陛下。聖剣の試練が行われる霊峰レヒト特別地区は、カナン領内にございます。そして、カナン東部には……ルルナスの森付近には、軍隊蜂スフィカの生息地がございます。スフィカに刺されれば、ステファーノは間違いなく死に至るからですわ」
イズマイアはきっと顔を上げた。
「ご存じのとおり、スフィカは獰猛な毒蜂で、刺さされば命はないと申します。そして、運よく一命をとりとめても、一度スフィカに刺されたものは、スフィカに狙われる、とも。二度目に刺されれば、待っているのは確実な死です。陛下!ステファーノはすでに一度スフィカに刺されているのです!もう一度刺されれば、今度こそステファーノの命はありません!なにとぞ……なにとぞ、お考え直しください!お願いでございます!」
途中からイズマイアは椅子から降り、その場に平伏していた。
「話は分かりました」
「では……!」
「ですが、イズマイア。試練には、手練れの護衛も同行します。いつものステファーノの遠征ほどの危険はないでしょう」
「それでも、あの人は無茶をするからですわ!」
悲鳴のような声で、イズマイアは叫んだ。
「あのときも……気を付けるから、護衛を雇うから、と言ったのに…ステファーノは刺されて、死にかけました。あの人は動物に好かれます。蟲にさえ好かれて、呼び寄せてしまいます。そして…ちょっとしたきっかけで刺されてしまう……今度こそ死んでしまいます。ステファーノが……死んじゃう……」
「……ぼくは、そう簡単に死なないよ?」
「……え……」
そっと肩に置かれた手と優しい声に、イズマイアは顔を上げた。
「無茶をするなあ、イズマイア。ぼくのこと言えないよ、きみも」
「ステ…ファーノ……?」
「うん」
呆然とするイズマイアの手を取って、ステファーノは彼女を立たせる。
「リュドミュラ皇太后陛下。ステファーノ・アズウェル、勅命により参上いたしました」
そのまま腰を折るステファーノに、リュドミュラは頷いて見せた。
「して、アズウェル卿。イズマイアはそなたの同行に反対のようですが?」
「いえ、私は是非お供させていただきたく思います」
「ステファーノ!」
「大丈夫。ぼくは死なないよ。きみが待っててくれるんだもの、立派にお役目をはたして帰ってくるから」
腕にしがみつくイズマイアの手を、宥めるように叩き、ステファーノは言った。
「陛下、どうかイズマイアの無礼をお許しください。彼女はただ、私の身を案じただけなのです」
「その件はもう不問としております。…では、当初の予定通り、アズウェル卿には勇者様・聖女様の試練に同行していただきます。それでよろしいですね?」
「はい。寛大なご処置、感謝いたします」
なんとか話がまとまったようで、依那はほっと胸を撫で下ろす。
……だが、そうは問屋が卸さなかった。