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マレーネ・コンポジート


 夜明け前から馬を飛ばしてきた、というイズマイアに驚いた依那とレティは、とりあえずイズマイアを風呂に押し込み、着替えをさせて談話室で話を聞くことにした。

 さいわい、ここには依那やレティのためにリュドミュラが用意した服がたくさんある。


 「さ……どうぞ、イズマイア様」

 「……ありがとうございます……」

 まだ少し鼻をぐすぐすいわせながら、イズマイアはレティの渡すティーカップを受け取る。

 「でも……どうしちゃったの、イズマイアさん。なにがあったの?」


 「……ステファーノが……聖剣の試練に同行すると、お父様に聞いたのです…」

 しばらく、暖をとるかのように、両手で包んだカップを見つめていたイズマイアは、ぽつりと告げた。

 「……聖剣の試練なんて……ステファーノには無理です。……ですから……皇太后陛下に…考え直していただけないかと……」


 「……()()()はこのことをご存じか?」

 アルの言葉に、びくりとイズマイアは身を固くした。

 「……やっぱりか。どうすんだ、お前。これが表沙汰になったら、ただじゃ済まんぞ」

 「え……?どういうこと?」

 肩を縮こませるイズマイアの背を擦りながら、依那は困ったような顔のオルグとアルを見比べた。二人は顔を見合わせ……ため息とともにアルが口を開いた。


 「……イズマイアは、俺とオルグの、婚約者候補の筆頭なんだよ」

 「ええっ!?」

 「イズマイアは侯爵家の令嬢です。年回りもいいし、我々の婚約者を選定するとなると、彼女の名が真っ先に上がるのは当然でしょう。イズマイア以下、四人ほどのご令嬢が候補に挙がっております。あくまでも『()()』ですが」


 「……わたくしを王家に嫁がせるのは…母の夢なのです」

 カップをテーブルに戻し、膝の上でぎゅっと手を握って、イズマイアは言った。

 「わたくしは、物心つく頃から、オルグレイ殿下かアルトゥール殿下の花嫁になるのだと……そのために生まれてきたのだと、言われて育ちました。いかなる場合も、王妃に相応しい人間になれと…」

 「え、ちょっと待って、オルグ兄のお嫁さんなの?アル兄のお嫁さんなの?」

 「…母は、()()()()()()に嫁がせたいようですわ」


 うわぁ、という顔をした姉弟に、イズマイアは寂し気に微笑んだ。

 「えーと、それは、自分の果たせなかった夢を娘に託す的な……?」

 「……母は、アルフォンゾ様の婚約者だったそうです」

 「……なるほど。ぬしはマレーネの娘であったか」

 「ラウさん、知ってるの?」

 颯太の問いに、窓辺で話を聞いていたらしいラウは重々しく頷いた。


 「マレーネ・コンポジート侯爵令嬢は、アルフォンゾの婚約者だった。同じ王子の婚約者でも、オルグたちの母アルテミアが、控えめで穏やかな娘だったのとは逆に、気位が高く、いかにも貴族の娘らしい娘での。家柄も美しさも優秀さも申し分なかったが、アルフォンゾとは合わぬ娘だと、誰もが思っておった。アルフォンゾ本人は、それでもなんとか歩み寄ろうとしてはいたが……もともと水と油だ。乗馬や山歩きが好きで、庶民ともこだわりなく付き合い、身分も気にしないアルフォンゾと、社交界とぜいたくな生活をこよなく愛し、特権階級を謳歌するマレーネでは、兄が不幸になるのは目に見えている、とゼメキスもこの結婚には反対していたよ」

 ぬしの母御を侮辱するようで悪いがの、と断るラウに、イズマイアは弱弱しく首を振る。


 「……しかたありませんわ。全部本当のことですもの。……母は、アルフォンゾ様に王家の指輪をねだり…遠征に行かれたり、武道会に出られるのを嫌がって、何度も妨害しようとしたと聞いております。あの武道会も…最後まで出場に反対していたと」


 ()()武道会。


 出立するアルフォンゾに、マレーネは王族らしくないと文句をつけたという。王族ならば王族らしく、出場するのではなく、貴賓席から闘いを()()()()()()()()()()のだと。


 だが、アルフォンゾはその大会に出場し………エミリアと出会った。最愛の、運命に。


 「エミリアは子爵の娘でな。身分では侯爵令嬢のマレーネと比べるべくもない。だが、明るく優しい娘で……エルフにも劣らぬほどの弓の使い手で、乗馬とダンスが上手く、何より、人の話を真っ正面から聞く娘だった。アルフォンゾは恋に落ち……苦悩の末、マレーネとの婚約を解消した」

 「よく……承知しましたね。マレーネさん……」

 「父は、王位継承権を捨てると言ったのさ。王位を叔父上に譲り、自分は国を出ると。落ち度のないコンポジート侯爵令嬢に恥をかかせた詫びだとな」

 「それはそれでよく許したね!?」

 「宣言通り、アルフォンゾはエミリアを連れてハンへ駆け落ちしてきよった。どうしたもんかと処遇に頭を悩ませていたところ……」


 「……なりかけましたね。内乱に」

 「内乱!?」

 事も無げに言うオルグに、颯太が驚きの声を上げる。

 「え?なんで?第一王子が国捨てちゃったから?」


 「まぁ…そうとも言えます。民衆が、コンポジート侯爵家に対して、怒りの声を上げたのですよ。マレーネ殿が、伯父上にいろいろ無理を強いていたのは、周知の事実でしたし。伯父上の心が伯母上にあると知って、伯母上の暗殺を企てたりしたものですから…」

 「王位継承権を捨てたとはいえ、第一王子の妻となる娘を殺そうと図ったのだ。たとえ未遂でも、許されるものではない。……だが、婚約破棄の件もあるため、結局はマレーネが婿を取ることで手打ちとなった。その後、ゼメキスの泣き落としの末、アルフォンゾは国に帰り、王位を継いだのだ」

 「…なんつーか……どっかのロマンス小説みたいな話だね…」

 「実際にあるんだ……そんなこと……」


 ほわ~~~と庶民の姉弟は驚きを隠せない。

 こっちへ来て約半年。たいがい王族との生活も慣れたと思ってたが、甘かった。スケールが違いすぎる。


 「そうですか…噂には聞いていましたが…エミリア様の暗殺まで……母はそこまでしようとしていたのですね…」

 「イズマイアさん……」

 泣きそうな顔の依那に、イズマイアは諦めたような笑みを見せる。

 「母なら、やりかねないと思います。アルフォンゾ様が王位を捨てて国を出ると聞いて……あの方について行くのではなく、ゼメキス陛下に乗り換えることを考えた人ですもの…」

 「マジか」

 「さすがにそれはただの噂だと思っておりました」

 初耳だったらしい王子二人が驚く。


 「母の中で、自分が王妃になるのは確定だったのです。王妃になれれば、王はどなたでも構わなかったのですわ。きっと……」

 「…それが無理だったから……今度は、イズマイアさんを王妃様にしようとしてるんだ……」

 「エナ様が、聖女様でよろしゅうございましたわ。……母は、アルトゥール殿下がエナ様に王家の指輪を贈ったと聞いて、ひどく憤りました。もしエナ様がただの貴族の娘だったら……24年前と同じ愚を犯したかもしれません」


 「ちょっと待って!なにそれ怖い!」

 「やりかねんの、マレーネなら」

 「確かに……アルの指輪は伯父上、伯母上から受け継いだもの。マレーネ殿が固執したという、『王の心』ですからね…」


 マジでドン引きしてる人の横で、淡々と事実みたいに言うのやめて!お願いだから!




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