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イズマイアの来訪

 さかのぼること、30分ほど前。

 

 離宮の大門の前に乗り付けた馬から、転がるように降りた少女は、大門へと駆け寄った。

 森の中にただ門が建っているようにしか見えないが、この先に行くには門を通るしかないことは知っている。

 門の中央にはめ込まれた水晶に指先を触れながら、少女――イズマイアは精一杯声を張り上げた。


 「わたくしはコンポジート侯爵が一女、イズマイア・コンポジート。リュドミュラ皇太后陛下にお目通りをお願いしたく、馳せ参じました!なにとぞ、ご開門をお願いいたします!」

 深い森の中、イズマイアの声は吸い込まれるように消えていき、門の水晶も何の反応も示さない。

 それでも、イズマイアは諦めず、何度も何度も叫び続ける。


 聞こえないかもしれない。届かないかもしれない。

 こんな森の中、護衛もつけず、自分の身分を明かして叫び続けることがどれほど愚かなことかもわかっている。


 それでも、イズマイアは、なんとしてもリュドミュラに会わなければならなかった。――ステファーノがここへ来る前に。


 「ご開門をお願いいたします!なにとぞ……ご開門を!」

 何度叫んだかもわからなくなったころ、不意に門が内側に動き、取り縋っていたイズマイアは危うく転びそうになった。

 「あ……」

 慌てて手を放す彼女の前で、巨大な門はゆっくりと開いていく。

 「感謝いたします!」

 門に向かって頭を下げ、イズマイアは再度馬にまたがり、門の中へ駆け込んだ。

 


 

 

 急遽修練を中止したリュドミュラとともに離宮へ戻った一同は、テラスで直立不動のまま、主を待っていたイズマイアの姿に驚いた。


 「え?イズマイアさん?どうしたの!その格好!」

 いつもきれいに結い上げている髪は一つに括られ、ボサボサ…とまではいかないがかなり乱れている。仕立てのいい乗馬服は汚れ、ほつれている個所もある。

 一応、最低限の身なりは整えたのだろうが、白い頬や手にはひっかき傷や打撲の跡があった。

 慌てて駆け寄る依那を無視し、イズマイアは真っすぐリュドミュラを見て腰を折った。


 「リュドミュラ皇太后陛下。イズマイア・コンポジートにございます。このたびは招かれもせず突然押しかけた無礼、なにとぞお許しくださいませ」

 「……コンポジート侯爵の一人娘ですね」

 駆け寄った依那やレティの後ろから、ゆっくりと歩を進めるリュドミュラの声はひどく冷たい。


 「今は勇者様、聖女様の修練の仕上げの時…いかに大事な時かお判りでしょうか?」

 「………重々承知しております」

 「ならば、お二人の貴重な修練を中断させた責任、如何様にとるおつもりか?」

 礼をしたままの、イズマイアの前で立ち止まったリュドミュラは、静かに言った。

 「()()()()()


 ただそれだけ。


 しかし、その一言に込められた凄まじいまでの威圧に、びしりと空気が震える。

 「……っ……」

 とりなそうと、リュドミュラの名を呼ぼうとした依那も、颯太も、身動き一つできない。

 立っているのがやっとで…気を抜いたら膝から崩れてしまいそうだ。


 その圧の中、イズマイアは必死で顔を上げた。

 「……申し訳……ござい…ません、陛下…」

 冷たく見下ろす紫の瞳と目が合ったとたん、重圧が増す。

 屈しそうになる膝を叱咤し、耐える。


 「お怒りは…ご尤もでございます。いかような処罰もお受けいたします。…ですが、……ですがなにとぞ、なにとぞ陛下にお願いしたい儀があり……まかりこし…て…ございます…」


 ……ああ……だめ……


 暗くなる視界に、気を失う、と覚悟した瞬間、ふっと重圧が消えた。

 「イズマイアさん!」

 思わず膝をついたイズマイアを、依那が助け起こす。

 「……まぁ、いいでしょう。わたくしの威圧に耐えた褒美に、今回だけは不問といたしましょう。ヨハンソン、この娘に着替えを」

 「……皇太后陛下!」

 だが、イズマイアは依那の腕の中から飛び起き、背を向けかけたリュドミュラに向かって平伏した。


 「お願いでございます!なにとぞ、ステファーノの同行をお取りやめください!」


 「……は?」

 あっけにとられる依那の前で、イズマイアはリュドミュラの足に取り縋らんばかりに懇願する。

 「ステファーノは…不器用で鈍くて、剣の一つも扱えぬ…愚鈍な男でございます!とても、皆様方のお供が務まるような男ではございません!植物に夢中になりすぎて、遠征に行っては、大怪我をして帰ってくるような粗忽者でございます!どうか……どうかお考え直しください!リュドミュラ様!」

 「……イズマイア……」

 「お願いでございます……お願いでございます…陛下……ステファーノが……死んでしまいます……」

 とうとうリュドミュラの裾を掴んで泣き出したイズマイアに、リュドミュラはため息をついた。


 「……少々、頭を冷やす時間が必要なようですね。エナ殿、レティ、この娘をいったん預けます。午後のお茶の時間まで休ませてあげなさい」

 「はい、リュドミュラ様」

 「さ、イズマイアさん。立てる?」


 泣き続けるイズマイアをなだめすかし、二人は彼女をとりあえず談話室に連れていくことにした。



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