新たな試練へ
翌朝。
朝食の席についたリュドミュラは可哀想なくらい目を泣きはらしていた。
「ソータ殿、エナ殿…昨日は……本当にありがとうございました」
「いえそんな!」
立ち上がり、深々と――それこそテーブルに頭がつくぐらい深く頭を下げられて、颯太と依那は慌てる。
「わたくしは…嘆くばかりで、この800年というもの、あの子の存在に気付いてあげることすらできませんでした。あの子は……ずっとわたくしの傍にいてくれたというのに…」
「リュドミュラ様…」
昨夜の奇跡を思い出して、依那もレティもまた泣きそうになった。
「……リュドミュラ様……楽しかったですか?」
颯太の問いに、リュドミュラは目を丸くした。そして…優しく微笑む。
「ええ。……とても」
「じゃあ、よかったです!」
にぱっと笑って、颯太はパンに手を伸ばす。
「情緒もへったくれもねえな」
「だって!おなかすいたんだもん!」
「まぁ。ソータ殿ったら」
苦笑するアルと、パンを頬張る颯太に、リュドミュラも笑い出す。
朝食は、和やかな雰囲気の中続いた。
「では、本日の修練の前にお知らせがあります」
全員が食事を終えたのを確認して、リュドミュラが切り出した。
「明後日、皆様には聖剣の試練に向かっていただきます。夕刻には、王都から増援の騎士が到着するでしょう。それから、試練にはステファーノ・アズウェル卿も同行いたします」
「聖剣の試練……?」
馴染みのない単語に、依那と颯太は顔を見合わせる。
「竜の試練の時、ラウさんが言ってた……三つの試練ってやつ?」
「そうです。そしてこの試練は、一番大事な試練となります。あなた方はここからさらに南西……カナンの特別地区、レヒトの霊峰へ行っていただきます」
言いながら、リュドミュラは朝食を摂っていた円卓に手を触れる。と、円卓の真ん中が盛り上がり、地形を象った。
「ここが南の離宮。この線が隣国カナンとの国境線です。そして、目的地…レヒト山はここになります」
リュドミュラの説明により、地図というよりジオラマに近いそれの、各場所に小さな灯りがともる。
離宮からカナンとの国境までは南西に……王都までの2~3倍くらい。そこからレヒト山まではまたその倍くらいの距離だろうか。
「ここはカナン領なんですか?」
「場所的にはカナン国内になりますが、レヒト山は聖域。どの国にも属さない、特別地区として、聖教会とアルス神殿の管轄となっておりますわ」
「カナンか……」
レヒト山は特別地区かもしれないが、国境からそこへ至るまでは、カナン国内を通らなければならない。
……アイツ来そうでやだなぁ……
エロワカメを思い出して、依那は渋い顔をした。
「ステファーノ様がご同行なさるのは、ルルナスの森を通るためですの?」
「ルルナスの森?」
「レヒト山のふもとに広がる大森林ですわ。別名・迷いの森と言い、一度迷い込んだら二度と出られぬとも、恐ろしい主が住むとも言われております」
不思議そうな颯太に、レティが解説する。
「ステファーノは植物の専門家ですからね。彼が来てくれるなら心強い」
「ルルナスの森を迂回するとなると、十日は余計にかかるからな」
「……ルルナスの森……」
恐ろしい主って、何がいるんだろう……魔物の巣窟だったりするんだろうか…
「…ですから、今日は修練の総括をいたします。さ、みなさま浮島へ参りましょう」
にっこり笑うリュドミュラに促され、一同は腰を上げた。
「……あ!」
湖に向かうため、南のテラスを抜けようとして、颯太は湖を臨む窓の傍、大きな肘掛け椅子に座る少年の姿に気づいた。
「オーちゃん!…じゃない、オーギュスタ?くん!」
椅子に座り目を閉じている少年は真っ白なオーちゃんではなく、昨夜見たのと同じ白銀の髪にばら色の頬をしていた。閉じた瞼の奥に隠れた瞳は、きっと優しい紫だろう。
「オーギュスタくん……眠ってるの……?」
「……さあ……どうでしょうか……」
リュドミュラは愛おしそうに少年の髪を梳く。
「あのあと、一度目を覚ましたのですが……月が翳ると同時にまたこの状態に戻ってしまいました。……でも、この子はただの人形ではなくなっております。水に戻すこともできなくなりました。……たとえ二度と目を覚まさなくとも、わたくしの傍にいてくれるのですわ」
「……そっか……」
幽霊のオーギュスタが、この子に乗り移れればいい、と願った。
その願いが叶ったなら……いいなぁ。
「さ。参りましょう」
「はい!」
眠るオーギュスタに手を振って、颯太は浮島に向かって駆け出した。