イズマイアの決意
リュドミュラがすべての手配をし、王宮を辞して2時間後。
王宮内の大臣執務室で、イズマイアは聞かされた話にカップを取り落とした。
「ステファーノが……聖剣の試練に同行……?」
「おやおや、イズマイアや、火傷はしなかったかい?」
「そんなのどうでもよろしいですわ!」
心配する父の大臣に食ってかかる。
「どういうことですの!ステファーノが同行って!あの方、武芸などからっきしですのよ!?足手まといにしかなりませんわ!」
「お…落ち着きなさい、イズマイア」
掴みかからん勢いのイズマイアに、父は目を白黒させる。
「リュドミュラ様直々のご指名だそうだよ。ステファーノの知識を役立ててほしいそうだ」
「……そんな……」
「これは素晴らしく名誉なことだよ。うまく功績を立てれば、ステファーノの出世も夢ではない」
父は嬉しそうだが、イズマイアは目の前が暗くなる思いだった。
イズマイアのコンポジート侯爵家と、ステファーノのアズウェル伯爵家は父方の親類筋にあたる。
イズマイアとステファーノは、幼馴染というほどの親しさではないが、お互い幼いころからちょくちょく顔を合わせる間柄だった。
だからこそ、イズマイアはステファーノという人物を、よく知っている。
彼は、気が優しくのんびり屋で、植物や動物が大好きで、運動神経もお粗末で、間違っても戦闘とか魔物討伐とかに縁がある人物ではないのだ。
「もちろん、断ってくださいましたわよね!?」
「何故だね?本人も了承しているのに」
「了承!?」
イズマイアは悲鳴を上げる。
「そんな、どうして!ステファーノが死んでしまいますわ!」
「…別に、良いではありませんか。どうでも」
必死のイズマイアの横から、酷く冷めた声が彼女の心に冷水を浴びせた。
「……お母様……」
ソファにゆったりと座り、イズマイアの母、マレーネは優雅に吐き捨てた。
すっと背筋を伸ばして座る姿は、かつて『社交界の薔薇』と呼ばれた頃のままに美しく、とてもイズマイアくらいの歳の娘がいるとは思えない。
イズマイアと同じ銀色がかった水色の髪を揺らして、マレーネはカップをソーサーに戻す。
「どうでもいいとは…ひどいね、マレーネ。ステファーノは遠縁とはいえ我が血筋なのだよ?」
「それがなんですの?」
控え目な夫の抗議を一蹴して、マレーネは、隣に座り身を固くしているイズマイアを横目で睨んだ。
「あなたは、オルグレイ殿下かアルトゥール殿下の花嫁となるのです。いつまでもあんな男の子守をするのはおよしなさい。あなたがそんなだから、あんな、どこの馬の骨ともしれない聖女とやらにアルトゥール殿下が目移りなさるのですよ?」
「お母様!」
「…何か文句がありまして?」
「…………いえ………」
冷たい声に、イズマイアは委縮する。
いつもそうだ。
強気な言動が目立つイズマイアだったが、この母には逆らえたためしがなかった。
「……まあまあ、マレーネもそう憤らず」
気まずい雰囲気を何とかしようと、父は一生懸命とりなそうとする。
「ともかく、勇者様たちは、南の離宮からそのまま試練に向かわれるようだ。ステファーノも明日には離宮へ出立する。イズマイア、その前に元気づけてやってはどうだね?」
「必要ありませんわ。ねえ、イズマイア」
「……はい、お母様…」
父の配慮も撥ね退ける母の言葉に、イズマイアはただ従うしかない。
………でも。
夜半まで母の社交に従ったあと、館の自室に戻り、イズマイアは窓辺に大事に置かれたエリスの花を見つめる。
優しいステファーノ。
どんなにイズマイアがきついことを言っても、いつも微笑んで、遠征に行くたびに珍しい木の実や綺麗な花をくれて、鈍くさくて、非力で、そして……そして……
「………!」
唇を噛んで、イズマイアは部屋を飛び出した。
どうしても、離宮へ行かなければならなかった。