器物損壊!?
明けて、修練四日目の朝。
「いない~~?!」
さあ、リュドミュラ様にお話を!と意気込んでいた颯太は、肝心の本人不在を、執事のヨハンソンから聞かされて、情けない声を上げた。
「申し訳ございません。勇者様。主人は火急の用につき、今朝早く出立いたしております。皆様方には、引き続き浮島での修練をお続けくださいますように、とのことでございます」
深々と頭を下げられては文句を言えるはずもない。
「で、いつお戻りになるのでしょうか」
「本日中には、と。ただし、遅くなるであろうから、皆様方はお気遣いなくお休みくださいますよう、言い遣っております」
「今晩中にはお戻りなんだね……」
とりあえず、満月のリミットは越えなさそうなことには安堵する。
「まあ、とりあえずはお言いつけ通り、修練するしかありませんね」
「リュドミュラ様いなくても、オーちゃん出てくるのかな」
朝食後、不安を残しつつ一同は浮島へ向かう。
リュドミュラがいないため、浮島を呼ぶことはせず、魔法の訓練を兼ねてレティの転移魔法で浮島へ渡った。
「いいなあ、転移魔法。オレも覚えたいなあ」
いくら加護のおかげて契約済みといえ、まだまだ習得に至っていない魔法は多い。
転移先の正確な座標を固定するか、ものすごくリアルに転移先をイメージする必要があるらしい転移魔法は、特に習得が難しいとされていた。
「大丈夫ですわ。ソータ様ならきっと!」
数少ない転移魔法の使い手の中でも、かなりの腕を持つレティはそう言って微笑むが。
彼女みたいに、5〜6人まとめて転移、とか別の誰かを転移、なんて真似、とてもできそうにない。
「おお、遅かったの」
水舞台への階段を降りると、そこにはラウとクラウが待ち構えていて。
「あれ、ラウさん?」
「今朝がた、ぬしらの鍛錬の相手を頼まれての」
楽しそうにラウは笑う。
「では、さっそく始めるか。オルグはクラウと、レティはアルトと。エナ殿は我と、そして、ソータ。ぬしの相手はこやつだ」
ラウの言葉と同時に水面が揺らぎ、オーちゃんが姿を現した。
「では、はじめ!」
開始の合図がかかるや否や、オーちゃんは身を屈めて突っ込んでくる。と同時に颯太の背後から水の礫が襲い掛かった。
「…っ……この!」
咄嗟に右に飛んで礫を避けたところへ、重い蹴りが飛んできて、颯太は吹っ飛ばされた。
「颯太!」
「ほらほら、人のことを心配している場合か?エナ殿!」
一瞬、颯太へ逸れた意識の隙をつくように、ラウが斬り込んでくる。紙一重で避けた木刀は水面を割り、水の上を走った衝撃波が、水舞台を囲む円柱の一本に亀裂を入れる。
「ラウ様!水舞台を壊しますとミュウ様が!」
「ちっ、面倒だのう」
などと、ラウやクラウは設備への被害を気にしているが、相手をしているこちらはたまったもんじゃない。あんなの喰らったら、治癒魔法持っててもやばいことになりそうだ。
「レティ!もっと素早く連射しろ!敵は待っててくれんぞ!」
「はいっ!」
「……こりゃ、相当ハードだわ…」
呟いて、依那は対峙するラウに意識を集中する。
聖女としての戦い方……味方を強化して、敵を足止め……できるか……?
「ぬ!?」
「えっ?」
足元の水を媒介に魔力を拡散すると、水の上の一同の身体がふわりと光に包まれた。
味方…颯太、レティ、オルグは金色の光に包まれ、身体強度が急上昇する。逆にラウ、クラウ、アルは黒っぽい光に包まれ、水に足を取られているようだ。
「なるほど、味方の援護と敵の弱体化か」
「ちょっと待て!俺は敵認定かよ!」
アルが文句を言うが気にしない。動きを止めているラウに水の槍を放つが、ラウは軽々と飛び退ってそれを避けた。
「やっぱ、足止め程度じゃ無理か!」
「いやいや、良い戦い方であるぞ!」
にやりと笑ったラウの気配が濃くなる。
と、同時に水の刃がいくつも浮き上がり、咄嗟に避けた依那の髪をひと房断ち切った。
「ラウさん!魔法苦手って言ったじゃん!」
「たわけ!使えぬとは言っておらんわ!」
口喧嘩をしながらも、依那は猛攻に耐える。
その一方で。
「……え……と……」
颯太はオーちゃんを前に困っていた。
水でできているからだろうか、さっきの依那の魔法を受けて、彼は動きを停止してる。
「もしかして……壊しちゃった?」
恐る恐る顔を覗きこむが、ピクリとも動かない。
ただ青い目で、うつろに水面を見つめているだけ。
「やっぱこの顔……だよなぁ…」
無表情なその顔は、まさに昨夜の幽霊のそれ。むしろ、幽霊の方が表情があったような気がする。
「……オーちゃんは……リュドミュラ様の弟なの?」
そっと頬に触れる。冷たい。水の温度だ。
「ちゃんと、お話しできるといいね」
あの幽霊が、この子に乗り移れればいいのに。
そう思った瞬間。
「!」
不意にオーちゃんは実体をなくし、派手な音ともに水へと戻ってしまった。
「え!?うそ!壊した!?」
「なんだと?」
慌てる颯太に、駆け寄ったラウが念を凝らすが、水面はただ揺れるだけで、少年の姿が浮かび上がることはなかった。