表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/843

シスコン勇者のご乱心


 少し持ち直したとはいえ、まだ顔色の悪いアルの体調もあり、それからほどなくしてその日の修練は終わりを告げた。

 ラウや、お付きのクラウも参加したにぎやかな夕食も終わり、腰を落ち着けた談話室で、アルは盛大なため息をついた。


 「……お前ら……いい加減にしろよ?」

 そのアルの両隣には、兄と妹がべったりくっついている。

 「………だって………」

 「…いいじゃないですか。少しくらい」

 「少しじゃねーだろ!少しじゃ!」

 不満げな兄妹に、アルが噛みつくのも無理はない。浮島から戻ってというもの……というか、浮島から戻る途中も、オルグとレティは従兄弟から片時も離れようとしなかった。


 ……まぁ、あれを聞かされたんじゃ、無理もないけど。


 11年前の真実と、アルのあまりに悲惨な体験と。

 その後、起き上がれるようになるまで半年以上寝たきりで、4年のハン滞在の半分以上を療養とリハビリに費やしていたと聞かされたら、従兄弟ラブの兄妹がこうなるのは当然ではないだろうか。


 「だーっ!もう!レティはいいとして!オルグ!でかい図体して擦り寄るな!抱き着くな!」

 「ひどいです!差別です!」

 腕を振り払われて唇を尖らせるオルグは、可愛いっちゃ可愛い。

 「じゃあ、アルがお兄ちゃんに甘えてください!」

 さあ!と腕を広げて待機するオルグに、アルは肩を落とす。

 「……お前なぁ……なんか最近、性格変わってないか?」

 「?…そうですか?」

 首をかしげるオルグの黒髪がさらりと揺れる。

 「……王宮を出て、開放感があるからでしょうか。身内だけですし…なんだか、エナ殿やソータ殿の前では気を張っていられなくて」

 「うん、その方がオレも嬉しいよ、オルグさん!」

 にっこり笑う颯太とは裏腹に、ちょっとオルグは不満そうだ。


 「……なに?」

 「……その……なぜ私だけ、いまだに『さん』付けなのでしょうか……アルはアル兄、なんて呼ばれているのに……」

 「えっ!」


 控えめに抗議され、颯太は絶句した。

 年の近いレティや、雑なアルとは違い、普段が完璧王子様なオルグは、正直呼び捨てにしづらい。

 しづらい………がっ!!


 なんだろう、この人、こんな完璧美形なのに、ちょっとしょんぼりした耳と、控えめに振られる尻尾が見える……!!!


 「じ………じゃあ、オルグ兄で……」

 とうとう根負けした颯太に、オルグは目を輝かせる。

 「わかりました!」

 そんな一同のやりとりをにまにましながら見守っていた依那だったが。


 「あ……そだ」

 ふと思い出して、依那は右手をアルに差し出した。

 「アル、指輪。返すよ。ありがとね、大事なものなのに貸してくれて」

 そう告げると、アルはものすごくわかりやすく、「こいつ、思い出しやがったか」という顔をした。

 「………なによ……?」

 「いや……いいから、つけてろよ。そのまま」

 「はぁ?」


 訳が判らない。


 「何言ってんのよ、お母さんの形見なんでしょ?ものすごく大事なものでしょ?」

 「そりゃ大事だけど……俺がただ持ってるより、お前がつけてた方がいいというか……」


 ごにょごにょ言うアルの顔には「隠し事があります」と書いてある。

 というか、これだけ美形なのになんて勤勉な表情筋。王族なのにこんなにわかりやすくていいのか?こいつ。


 二人のやり取りに、とうとうオルグとレティが同時に笑い出した。

 「おい!」

 「駄目ですわ、アル兄様。ちゃんと説明なさらないと」

 「そうですよ、不審者みたいですよ、今のあなた」

 くすくす笑いながら、レティは爆弾発言を落とす。


 「その指輪は王家に伝わる宝珠の一つで、アル兄様がひとつ。オルグ兄様もひとつ。わたくしもひとつ、自分の指輪を持っております。王家の指輪はそれぞれ所有者の身を外敵から守る力を持ちますが、同時にそれを贈ることは、()()の意味もありますのよ」


 「は?」

 「はああっ?」

 「言い方ァっ!」

 依那と颯太が固まり、アルが真っ赤になり、オルグが盛大に噴き出した。


 「レティ!お前なあ!」

 「あら、事実ではありませんか。伯父様も伯母様にその指輪を贈って求婚なさいましたし、お父様もお母様に指輪を渡して求婚なさってますもの。先日の夜会でも、アル兄様がエナ姉さまにプロポーズしたと噂になっておりましたわよ?」

 しれっとティーカップを唇に運ぶレティの向かいで、依那は耳まで赤くなって目を回す。


 「プっ……プププ……プロッ……」

 「プロポーズ」という単語すら発音できないほどあわあわする依那の脳裏で、サットン夫人や有能侍女部隊や、エリアルドの反応がすとんと腑に落ちる。


 ―――だからか。

 求婚の意味があったからこその、『知りませんよ』で『弾かれたら喜劇です』で、レティのまあ連発なのか。


 「…あのなぁ…」


 ばっちーん!!


 何事か言いかけたアルを、思いきりテーブルをぶっ叩いた大音響がぶった切った。


 「ちょっと!アル兄に!お話が!あります!!!」


 大音響の源……目が据わった颯太が仁王立ちでビシっとアルに指を突き付ける。

 「はい!正座!」

 「は?」

 「正座ァッ!」

 訳の分からない迫力に押されて、思わずアルが座り直す。


 「求婚って、どーゆーことでしょうかっ!?」

 据わり切った眼差しで、ずずいっと颯太はアルに詰め寄った。

 「あ……あのな?ソータ?」

 「アル兄は!姉ちゃんを!お嫁さんにしたいんですかっ!」

 額に青筋を立てて詰め寄る颯太は、人の話なんか聞いちゃいねえ。


 「ちゃんと、姉ちゃんに告白したんですか!?こんなの、騙し討ちみたいで卑怯だと思います!アル兄はそんな人だったんですか!!!」

 「お!なんだ、修羅場か?」


 レティは平然とお茶しているし、仲裁してくれそうなオルグはソファの背にしがみついて笑い転げているし、どこから騒ぎを聞きつけたのか、ラウまで空間転移で覗きに来て、もはやカオスだ。


 「ソータの言うことももっともだ、男らしく告白せんか、アルト」

 「お前まで混ざるな!」

 茶々を入れるラウに怒鳴り返して。

 「……勘弁してくれ……」

 アルは疲れ果てたようにため息をついた。


 「……だからなぁ。確かに、指輪には求愛の意味もあるが、今回のは純粋に守護。それから虫除けだよ」

 むぎゅっと颯太の鼻をつまんで説明する。

 「どうしても慣れない、手の甲へのキスの感触を妨害できるってのがひとつ。それから、エロワカメだよ。聖女とはいえ、一応は若い娘だ。不敬ではあるが、言い寄ること自体を禁止にはできない。だが、よその王族が求愛してる相手なら、下手に手を出せば問題になる。どこまで効果があるかはわからんが、何もしないよりはましかと思ってな…」

 「……アル兄が聖女に求愛するのはアリなの…?」

 「まあ、俺はほら、()()()()だから」

 まだ胡乱気な颯太に、肩を竦めてみせる。


 「俺は奇抜なことをしでかす王子で通ってるから、いきなり聖女に求愛してもそこまで問題にはならん。魔王を倒したのちお前らが元の世界に戻っても、ああ、王子がふられたなー、で終わるだろうからな」

 「……なんだか、それはそれで微妙ですけどね…」

 ようやく笑いの発作が収まったらしいオルグが息を整えつつ言う。

 「私の指輪をお渡ししても良かったのですが……」

 「お前がやると、王妃選抜問題とかいろいろめんどくさいからやめろ」

 ようやく落ち着いたらしい颯太と、アルやオルグのやり取りを聞いて、依那も胸を撫で下ろす。


 あーびっくりした。そっか、求愛って意味はなかったんだ。そうかそうか。……そっかぁ……


 それならそれでいいんだが、こうも頭から否定されると、それはそれで複雑というか、なんというか。


 「そんなことおっしゃって………本当はご自分の虫除けも兼ねてらっしゃるくせに」

 半眼でレティはアルを睨む。

 「おい!レティ!」

 「どういうこと?」

 慌てるアルを無視して、レティは颯太に向き直った。

 「ソータ様もご覧になりましたでしょう?星祭りの夜会で、アル兄様がご令嬢方に群がられていたの」

 「うん。凄かったね」

 オルグもすごかったが、アルもすごかった。二人とも、いつ見ても着飾った女性に取り囲まれてて。特に、普段夜会に出ないアルはレアキャラ扱いだったのか、女性たちが入れ代わり立ち代わりで、休む間もなさそうだった。

 「あれでも、随分控えめでしたのよ。アル兄様がエナ姉さまに指輪を贈ったという話がでてましたから」

 「あー…」


 颯太は察した。

 つまり()()だ。彼女持ちアピールというやつだ。


 「………アル兄、姑息………」

 「しかたねーだろ!苦手なんだよ、ああいうの!」

 がしがしと頭を掻いて、アルは潔く、依那に頭を下げた。

 「というわけだから!すまんが、もうしばらくつけたままにしててくれるとありがたい」

 「あ、う、うん」

 「………まだまだだのう、小童どもが」

 勢いに呑まれて頷く依那を見ながら、ラウはにやにやと笑った。


 「そういえば、ずっと聞きたかったんだけどさ、なんでアル兄もオルグ兄も、王太子なの?王子様じゃないの?」

 「王太子というのは、王位継承権一位の者をいうのですよ。本来は一人だけなのですが、私とアルはどちらが王位に就くかまだきまっていないので、二人とも王太子の位にいるのです。便宜上、年上の私が第一を名乗ってはおりますが、私はアルの方が王に相応しいと常々言っているのですけど……」

 「馬鹿言え、誰がどう見ても、王に相応しいのはお前だろうが」


 「ちなみに、オルグ兄の指輪は何色なの?」

 「私のは青ですよ。綺麗な、空の青です。レティのは優しい薄桃色ですね」

 「それぞれ名前がついておりますのよ、オルグ兄様の青は『王の誇り』、アル兄様の赤は『王の心』、わたくしの桃色は『王の癒し』」

 「へえ~、かっこいいね!」

 「勇者様と聖女様にもございますわ。勇者様の宝珠は『勇者の志』……別名、竜の宝玉と申しまして、王城の、アルス神殿の竜の神像に埋め込まれております。勇者と聖女を召喚できるようになると、金色に輝きだします。聖女様の宝珠は、『聖女の涙』と呼ばれる青い涙の形をした石で、聖教会の聖女像に埋め込まれております」

 「俺たちのは指輪じゃないんだね~」

 「指輪がよろしければ、私のをお渡ししましょうか?ソータ殿の護りになるやもしれません」

 「だーかーらー、やめろっての!今度は男色疑惑が出たらどうする!」

 「おお、オルグは稚児趣味があったか」

 「えっ?オルグ兄、()()()の人?」

 「そっち?どちらでしょうか?」

 判ってないオルグと、引っ掻き回すラウと、叱り飛ばすアルと。

 またもや収拾がつかなくなりそうになったが。


 「……いい加減になさい。あなた方!」


 リュドミュラの雷が落ちる。

 早く寝なさい!と、修学旅行の引率の先生のようなリュドミュラに叱られて、各自は寝室に引っ込むのだった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ