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勇者、覚醒


 「……伯母様が…『穢れ』になった…というのは?」

 涙声のレティの問いに、ラウは唇を嚙み締めた。


 「……『魔王の種』は……禁呪の極みだ。人の魂に根付いて、本人も知らぬ間に魂を食い荒らす。そして時が来れば……発芽して、宿主を魔物に変える。その後は宿主の命を吸って花を咲かせるのだ。花が咲けば…それはただ、『穢れ』を振りまく存在となる。………アルトの母は…エミリアは、それを植え付けられた」


 「!……では……では、エミリア伯母様は……」

 「……アルトと我の目の前で、異形の怪物に成り果てた。…アルフォンゾも胸を貫かれ……我はアルトを連れて逃げることしかできなんだ」

 「…しかたありません。…そうしなければ、アルもあなたも生きてはいなかった……」


 「……その……とおり…だ……」

 「アル兄様?」

 「!アル!気が付きましたか!?」

 血を吐くような悔恨を紡ぐラウを、リュドミュラが宥める。朦朧としていたアルがそこに言葉を挟んだことで、レティとオルグはアルの顔を覗きこんだ。


 「……母は…まるで樹木のような…姿に……変貌した……俺が覚えているのは……母に駆け寄った父が魔王に胸を刺し貫かれるのと……最後の…母の言葉……そして指輪……そこまでだ。…次に…気付いた時には……俺はハンの王宮にいた。……ラウは、俺を治すために…あらゆる手を尽くしてくれた…」

 「あの時のアルトは、生きている方が不思議な状態だったからな。母親が魔物化するのを目の当たりにし、僅かながら邪悪の光を浴びたのだ。正直、何度も駄目かもしれぬと思うたわ」

 「邪悪の光って…あの、紫色なのにどす黒い…?」

 「ええ。魔物化の際に溢れる光のことです。聖女様や勇者様が力を発動するときに溢れる光とは真逆のものですわね」


 颯太に解説するリュドミュラの向かいから、ラウは手を伸ばしてアルの髪を引っ張る。

 「ほんに……頑丈な坊主だの。貴様は」

 「やーめーい」

 「やめてください!アルが弱ってるのに!」

 うりうりと髪を引っ張るラウと、ぐったりウザそうなアルと、庇うオルグと。

 極重だった雰囲気が和らぐような光景に、少し肩の力を抜いた依那だったが。

 ……ふと、恐ろしい可能性に思い至って青ざめた。


 「…ね…ねえ?…その……お母さんの指輪って…」

 「うん、それ」

 「うん、それ、じゃないわよ!この馬鹿!」

 思わずアルの額をひっぱたく。

 「いってーー!!」

 「なんでそんなの、ホイホイ貸すのよ!!返す!今すぐ!」

 「ああ?…大丈夫だって。常時結界張って、全方位攻撃してりゃ体力も魔力も吸われるけど、普通につけてる分にはただの守護の指輪だから」

 「そうじゃないでしょ!」


 方向のずれた答えに、もう一度アルの額を叩く。

 「お母さんの形見なんでしょ!そんな大事なものを人に貸すなって言ってんの!」

 「……え……」

 一瞬目を見開き、それからアルはげんなりと力を抜いた。

 「……おまえな。…この状態の俺に、解呪の術式張れって言うのか?」

 「……う……」

 言われてみれば、確かにアルの顔色はまだ悪い。軽口を叩いているのもカラ元気で、本当は相当しんどいのだろう。

 「……じゃあ………後で」

 「……おう」

 しぶしぶ矛を収めた依那に、傍でオロオロしていたオルグがホッと胸を撫で下ろした。


 「……俺は、父が殺され、母が魔物化したところまでしか知らないが…あのあと、どうなったんだ?ラウ。『穢れ』は起こらなかったのか?」

 「そう言われてみれば……11年前のことは、伯父上と伯母上が事故で亡くなり、重傷を負ったアルはハン族の許で療養する、としか聞いておりません。『穢れ』が発生したとは、何も…」

 「……気づきよったか…」

 重いため息をついて、ラウは片手で額を覆った。


 「…勘が鋭すぎるのも難儀よの。…アルト、オルグ。そしてレティよ。ぬしらには内密にしていたが……11年前の事件には、続きがあるのだ」

 「……続き……が……?」

 「オルグ。王都の守護結界が、外敵の侵入を防ぐだけでなく、王宮内での転移魔法をも封じているのを知っていますか?」

 「は……はい。そのせいで、王宮の転移魔法陣は使用できなくなっておりますよね。転移魔法陣がありながら、なせ転移魔法妨害の結界を張っているのか不思議には思っておりましたが…」

 「確かに…先日ラウ様が修練場を破壊されたときも、いったん第一城壁の外まで出てから、転移魔法を使ったのですよね」

 リュドミュラの問いかけに、兄妹は答える。


 「その答えが、11年前の事件の続きよ。……アルトを連れてハンに戻った我らは、アルトの治療を治療士にまかせ、クルトの森の外れ……あの事件があった館で起こるであろう『穢れ』に対応するため、急遽エンデミオンの王宮へ跳んだ。そこで留守を守っていたゼメキスに、事の次第を伝えている最中に……奴が現れたのだ」

 「…奴……とは……」

 「まさか……」

 「魔王は、事も無げに、結界で守られた王宮の、あろうことか謁見の間に転移して現れた。……アルフォンゾの……首を手土産にな」

 

 ―――ほら、大事なお兄様だよ


 そう言って、魔王は微笑んだ。アルフォンゾの首を無造作にゼメキスに投げて。


 ―――きみたちの王様はすごいね。殺したと思ったのに、頑張って、おれの楽しみにしてた花を刈っちゃうなんて


 そして、強制的に見せられたのは、あの館での…ラウたちが脱出した後の、アルフォンゾの最期の姿。


 ―――フィナーレを見る前に帰っちゃっただろ?一番の見どころを見逃すなんて、可哀想だと思ってさ


 胸を刺し貫かれたアルフォンゾは、それでも最後の力を振り絞って立ち上がり……異形と成り果てたエミリアの……首を刎ねた。


 花を咲かせぬために。

 最愛の妻を、『穢れ』にさせぬために。

 

 「奴は、我らにアルフォンゾの最期を見せた。アルフォンゾは…死の間際にエミリアの首を刎ねた。エミリアを…『穢れ』から救うためだ。そして、力尽きた。魔王は、わざわざそれを見せに来たのだ」

 握り締めたラウの拳から血が滴る。

 「…奴は言った。……()()だと。アルフォンゾに免じて、クルトの森で『穢れ』を起こすのはやめてやると。……そして、アルト……ぬしによろしく、と言って転移して去った。それからだ。エンデミオンの王宮内が転移禁止となったのは」


 「……そんな……」

 知らされた、あまりに残酷な現実に、一同は言葉を失った。

 「…………父さま……母さま………」

 依那はたまらず、腕で目許を覆うアルの頭を抱きしめる。溢れる涙を止めようがない。

 「……ひどい……ひどいよ。こんなのって……」

 颯太も人目も憚らず大粒の涙を零していた。


 「酷いよ!なんでこんなひどいことすんの?魔王って!アル兄に何の恨みがあるの!」

 「アルトに恨みがあるわけではなかろう。理由をつけるとすれば……ただ、()()()()()……だろうな」

 激昂する颯太に、ラウはひどく冷静に告げた。

 「人が苦しみ、もがく姿を見て愉しむ……ただ、そのため()()に存在する。アルトも言っただろう?あれは、()()()()()()()()()()だ、と」


 「……だったら、止めなきゃ」

 低く呟く颯太の身体から、ゆらりと青い炎が立ち上る。

 「やめさせなきゃ。こんなに悲しいのも、辛いのも、全部、終わりにしなきゃ駄目だ。魔王なんか、ギッタギタのケチョンケチョンにやっつけて、二度と復活しないようにしなきゃ!」

 「颯太……」

 強い決意を秘めた、強い目で。宣言する颯太を、どこか不思議な感覚で依那は見つめる。


 ………ああ………勇者、だ………


 そこにいるのは、守ってやらなきゃいけない、目の離せない弟ではなかった。


 しっかりと自立し、目標を定めた…勇者の姿だった。


 ……いつの間に…こんなに……


 弟の成長が嬉しくもあり……ちょっと、悔しい。

 「………目覚めた、の」

 「…そのようですわね……」

 その颯太を、眩しいものを見るような目で眺め、頷きあうラウとリュドミュラの声を遠くで聞きながら、依那は感慨に耽っていた。

 

 聖女として、()()()()何ができるだろう……?

 

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