告白
「……11年前のことだ。俺は両親と共にシナークにいた。集結しつつある魔王軍への対抗策を、同盟国シナークと話し合うためだ。……魔王と対峙して以来、暴走がちなフェリド王子を宥める目的もあったが……とにかく、その頃はラウもシンを失ったばかりでひどく殺気立ってて……当時8歳だった俺は退屈しきっていた」
信徒席の木のベンチに座り、立てた片膝を抱くようにして、ぽつりぽつりとアルは話し始めた。
「……あの日……暇を持て余した俺は、母を遠乗りに誘った。…母は…社交が苦手だったから…喜んで……俺たちは遠乗りに出かけた。とはいえ、クルト族の森の、しかもエルフの聖域内だ。護衛のエルフもいたし、何の危険もなかった………ないはずだった」
そこまで話して、アルは言葉を途切れさせた。
目を伏せ、何度か続けようとして失敗する。
「…アル、辛いのなら無理をしなくても……」
「……いや、大丈夫だ」
隣に座るオルグが、アルの腕に手を置き気遣うのに、アルはゆっくりとかぶりを振った。
「……あの日……遠乗りに出かけた先で…俺たちは…父の兄弟子だった男に襲われた。……そいつは……父に負けたのを恨んで…魔王に……与して………俺と…母は…奴に攫われて……人質に…された……そこで………俺は……魔王に…会った…」
何度悪夢に魘されただろう。
あの、顔。あの金色の瞳。
優しげでありながら温度のない、身の毛もよだつような笑み………思い出しただけでも、身体の一番深いところから冷たい恐怖が湧き上がってくる。
腕に置かれたオルグの手を、縋るように握ってアルは言葉を振り絞った。
「…魔王は……あれは……ただただ、異質だった。ここにいてはいけないものだった。……あいつは……死にかけた母を助けるふりをして…そして……あの夜……満月の晩……父と、ラウと先生と…フェリド王子が……俺たちを助けに来た……それから……父は…魔人になった……兄弟子と戦い……フェリド王子は……あいつに壊された……」
「…アル兄、ちょっと休も?ね?」
どんどん顔色が悪くなるアルの背中を擦る颯太に、それでもアルは首を振った。
「……駄目だ。…今止めたら、…多分、俺は一生話せない………」
そして、目を閉じ、大きく息を吸う。
「…フェリド王子は……絶望のあまり闇に堕ちた。…その余波を受けて……かあ……母は……魔王の……種が発芽して、母は…『穢れ』になった。父が魔王に殺されたのはその直…後……」
気力を振り絞ってそう告げ、アルは倒れ込んだ。
「アル!」
「アル兄!」
顔色を変えたオルグがアルを抱き起し、颯太が取り縋る。
「……わる……い…」
「何言ってるんですか!この馬鹿!」
蒼白な顔で、それでも笑おうとするアルの頭を抱きしめる。
いつも自由で明るい男が……大事な従兄弟が、この11年抱えていた記憶の重さに、胸が潰れそうだった。
何故今まで一人で苦しんでいたのかと、話してくれなかったのかと、見当違いの文句を言いそうな唇を、必死で噛み締める。
「……よう言えたな。坊主」
そんなオルグの肩越し、不意に伸びた手が、冷や汗に湿ったアルの髪をくしゃりと撫でた。
「……いた…のか……ラウ……」
「リュドミュラが魔王の話をすると聞いての。……おぬしが話せぬようなら、我が出るしかないと思うて…な」
ぽんぽん、と軽くアルの頭を叩き、一同を見回したラウと依那の目が合う。
「オルグさん、あたしが」
その目に背中を押され、ただ黙ってアルの話を聞くことしかできなかった依那は立ち上がった。
颯太と席を変わり、ぐったりしたアルの頭を膝に乗せる。消耗しきったアルは自力ではろくに身動きもできないようだった。
「…手を握っててあげてください。きっと、その方が安心するから」
依那の言葉に、オルグも頷いて、冷え切ったアルの手を温めるように握った。
……たった、8歳の子供が……
同じ歳の頃に父を失った依那だったが、その現場を見たわけではない。だが、アルは父と母が無残に殺される姿を目撃したのだ。
彼の負った傷の深さと重さを思うと、依那の胸も張り裂けそうに痛む。
だが、それでも、今は。
「………よく……がんばったね…」
優しくアルの髪を撫でる依那の指先から、淡い光が溢れ、なかば意識を飛ばしたアルの身体を包み込んでいく。
中空から光の粒子が柔らかく降り注ぐ。
アルの傷と、彼の話を聞いて、我が事のように胸を痛めている、オルグやレティの心が少しでも癒されるように。
ただただ祈らずにはいられなかった。