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クルトの悲劇 3

胸糞&ちょっと残酷(かもしれない)表現がございます


 そして……その夜が来た。


 エミリアとアルが囚われてから三日目の夜。

 月が天空高く上るころ、二人は軟禁されていた部屋から出され、大広間のようなこの場所に連れてこられていた。


 「母さま、大丈夫?」

 城の謁見の間と同じくらいの広い部屋は、がらんとして灯りひとつなかったが、片側の壁一面に並ぶ大きな窓から入る満月の光で明るく照らされている。

 その青白い光に照らされて、まるで生気がないように見える母に、アルは何度もそう聞いた。

 「大丈夫よ、アル。すぐにお父様が来てくださいますからね」

 そのたびに抱きしめて、頭を撫でてくれる母の手がとても冷たいのは、気のせいだと、必死に思い込もうとする。


 やがて、館のどこか遠くで大きい音がして、何人かの足音が聞こえてきた。

 「アル!エミリア!」

 「父さま!」

 ずっと待っていた父の声に、アルは思わず叫ぶ。

 「父さま!助けて!父さまぁ!」

 「アル!」

 「アルトは無事だぞ!その奥だ!」

 「こっちです!陛下!」

 父の、ラウの、ファーネリウスの声がして。

 すぐに大音響を立てて扉が開き、数人の男が部屋になだれ込んできた。


 「父さま!」

 その先頭に立つアルフォンゾの姿に、アルはぱっと顔を明るくした。

 アルフォンゾの隣には、戦装束のラウと鎧姿のファーネリウスがいて。そのすぐ脇にエルフのフェリド王子、そして数人のエルフと騎士団長パウエルの姿もあった。


 「待っていたぞ、アルフォンゾ」

 金髪の男が座るソファの横、アルたちの後ろに立っていたファティアスが一歩前へ出た。


 「ファティアス!貴様!自分のしでかしたことがわかっておるのか!」

 「これはこれは……師匠殿。ご老体までお越しくださるとは」

 激昂するファーネリウスに肩を竦め、ファティアスはアルとエミリアに手を伸ばそうとし……またしても指輪の結界に阻まれた。


 「っ!まだ私に逆らうか!エミリア!」

 「エミリア!待ってろ!今助ける!」

 父が叫ぶと同時に、機を窺っていたパウエルがファティアスに斬りかかる。

 「お呼びじゃないんだよ、雑魚が」

 騎士団随一と言われる使い手のパウエルを、いっそ無造作に一刀両断し、ファティアスはアルフォンゾに向き直った。

 「パウエル!…エドワウ……貴様……」

 「決着をつけようじゃないか。アルフォンゾ」


 足元に転がるパウエルの遺骸を足蹴にし、ファティアスは、いつ抜いたかも定かではない剣をアルフォンゾに突き付けた。

 「弟弟子の分際で、この私を虚仮にして……いつも……いつも……身の程を教えてやるよ」

 「エドワウ……」

 ぎりっと奥歯を噛み締め、アルフォンゾも剣を抜いた。


 「そんなことで……そんなことで、こんな大それたことを企てたのか!エドワウ!」

 「貴様に何が判る!」

 目にも止まらぬ早業で斬りかかるエドワウの剣を受け止めて払い、アルフォンゾも斬り込む。

 最初から全力で戦う二人を尻目に、フェリド王子とエルフたちは、ゆったりソファに座ったままの金髪に向けて矢を放った。


 「酷いなぁ、挨拶もなしかい?」

 だが、魔力を込めて放たれた矢は、すべて男の目の前で、まるで反射するかのように反転し、撃ったエルフたちの胸を貫いた。


 「久しぶり、フェリド」

 にっこりと、彼は、エルフの王子に向かって花のように笑う。


 「…………な……」

 「ずうっと心配だったんだ。きみの嘆きようが、あんまりひどくて」

 立ち上がり、軽く首をかしげてゆっくりと…立ち尽くす王子に向かって歩き出す。


 「……ぶな……」

 「()()()()()()よ、フェリド」

 「呼ぶなァッ!その声で俺を!!」

 目の前まで来て、顔を覗き込むように微笑む金髪に、フェリドは殴り掛かった。


 「どうしたの?フェリド?……会いたかったんだよね?()()に」

 怒りに震え、殴りかかるフェリドの拳を軽くよけながら、困ったように金髪は笑う。


 「会いたくて……会いたくて……夢でもいい、幻でも構わないから、もう一度会いたいって……ずっと願ってたよね?」

 「やめろ!」

 絶叫し光の矢を放つフェリドを翻弄し、金髪はそっと……彼の耳に唇を寄せた。


 「…………だから、その()()()()()()()()()()んだよ。この身体を器にして」



 ……それは。

 凄まじい、猛毒だった。



 清廉潔白で美しく……真っすぐだったフェリドの魂を一瞬で奈落の底に突き落とし、粉々に打ち砕くほどに。


 「あ…………あ………ああ…………」

 

 …私の……わたしの……せい…なのか?…私の執着が……アーサー………きみを……!!


 慟哭する魂の残滓を、絶望と暗黒が塗り潰していく。


 その瞬間。

 がくりと膝をつき、震える両手で頭を抱え、血の涙を流して天を仰ぎ、声もなく絶叫するフェリドの身体から、どす黒い紫の光があふれ出した。

 光は音もなく屋根を突き破り、天と地を結ぶ。


 「アルト!エミリア!早くこっちへ!」

 激しさを増すアルフォンゾとファティアスの戦いをかいくぐり、アルの元へ飛来したラウが、アルの腕を掴もうとして…指輪の結界に弾かれた。

 「ごめん、ラウ!制御が効かないの!アル、ちょっと母様から離れて!ラウのところへ行きなさい!」

 「でも母さま!」

 「早く!大丈夫だから!」

 半ば突き飛ばされるようにして、アルはエミリアから離れてラウの手を取った。

 「よし、じゃあエミリアも…」


 アルを抱きかかえ、エミリアを振り向いた瞬間。


 フェリドを包む光に呼応するかのように、エミリアの足元から同じ色の光があふれ出した。

 光は一瞬結界内で膨張し、結界を砕く。


 「エミリア!?」

 「あ……ああ……」

 「エミリア!」

 ラウの声に振り向いたアルフォンゾが、エミリアを呼ぶ声が響く。

 「そんな!」

 もはや魔人の本性を隠しもせず、異様に膨れ上った剛腕と蜥蜴のような尻尾で、アルフォンゾに苦戦を強いていたファティアスも、エミリアを見て驚きの声を上げた。


 「魔王様!」

 「あちゃー、始まっちゃったかぁ」

 変貌を始めたフェリドを、楽しそうに眺めていた魔王は、エミリアを見てのほほんと笑った。

 「本当は、王宮に帰ってから時間差でゆっくり発芽するはずだったんだけどなあ。…フェリドに誘発されちゃったかな?」

 「!貴様、まさか、『魔王の種』を!?」

 「おや、エンデミオンの王はおりこうだね」

 慌てて解呪を試みるラウを見て、にいっと金髪――魔王は唇を歪める。


 「無駄だよ。『魔王の種』はね、人間の魂に根付いて、花を咲かせるんだ。花は命を糧に、『穢れ』を振りまく。……楽しみだねえ。王妃様は、どんな花を咲かせてくれるかなぁ」


 「……ア……ル……」

 「母さま!」

 必死で手を伸ばすアルの前で、人ならざる姿に変貌しながら、エミリアは声を絞り出す。


 「……約束……したわよね……母様が……走れって……言ったら…走れって………走り……なさい……アル……あなただけでも……逃げ…て……」

 「やだ!母さま!母さま!!」

 「エミリア!」

 呆然と力の抜けたファティアスを斬り伏せ、エミリアに駆け寄ろうとしたアルフォンゾだったが。


 「ぐああっ!」

 「…だめだよ、王様。王妃様が咲くのを邪魔しちゃ」

 背後に現れた魔王が無造作に素手でアルフォンゾの胸を貫いた。


 「と……さま……母………さま………」

 「……アル……どうか……元気で……母さまを思い出すとき……にんげんの……母さ……を…」

 最期にかろうじて人の姿をとどめた手でアルの手を握り……エミリアは()()()()()()()


 「……行くぞ!ファーネリウス!」

 抵抗も、叫ぶこともできず、ただ目を見開いたまま震えるアルを抱き、ラウは魔物の侵攻を食い止めていたファーネリウスを伴って館を脱出した。



 

 月の青い、満月の夜の出来事だった。

 


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