15年前
昼食後、一同は場所を聖堂の外陣に移して、リュドミュラの講義を聞くことになった。
「では、今日は魔王との戦いについてお話ししましょう。ソータ殿、エナ殿。〈導きの声〉の言ったことを覚えていますか?」
リュドミュラの問いに、姉弟は顔を見合わせて頷く。
「たしか、この世界の人間には倒せないって。普通に攻撃しても体乗り移って?蘇るって…」
「聖女が聖結界張って、その中で勇者が魔王の肉体と魂を倒さないとダメだって……でも、何代もの勇者や聖女がそれをやってるのに、魔王って復活してるんですよね?」
「その通りです。わたくしが見てきた三人の勇者様、聖女様はそれぞれ魔王と対峙し、魔王を滅しました。……いえ、そのはずでした。一人目の聖女様は最後の戦いで命を落とされ、勇者様は魔王と刺し違えられました。二人目の勇者様は最後の戦いで魔王の手にかかり…聖女様が弱体しきった魔王にとどめを刺し……この方は元の世界にお帰りになりました。三人目の勇者様、聖女様は魔王を倒した後もこの地に残り、生涯を終えられました。……これで、終わったと…魔王は復活しないと信じられていたのです。……ですが……」
「……復活……したんですね……?」
依那の問いに、リュドミュラは頷いた。
「15年前……三人目の勇者様が魔王を倒して、200年ほど経った頃です。突如、カナンとの国境近くに大規模な『穢れ』が発生しました。当時の国王だったアルフォンゾがカナンと協力し、すぐに聖教会と神殿から人員を派遣し、『穢れ』を治めました。……まだ、レティが生まれる前の話ですわね」
「……私は覚えています。当時は大騒ぎで、母上とアルと伯母上と、ここへ避難させられましたよね」
「王都より、ここの方が『穢れ』から距離がありましたからね。ともかく、『穢れ』はふた月ほどで治まり、いったん騒動は落ち着きましたが、アルフォンゾは近隣諸国と連携して調査団を送りました。魔王が滅んだあと、魔物の討伐も進み、あんな大規模な『穢れ』が自然発生するとは考えられなかったからです。調査団には人族だけではなく、ドラゴニュートからラウとラウの弟のシン、エルフからフェリシア姫のお父様にあたるフェリド王子、ドワーフのブルム公などが参加されました。フェリド王子とブルム公は最後の魔王討伐戦にも参加された方々です」
そう言って、リュドミュラは目を伏せた。
「エンデミオンからも、本来ならゼメキスが参加するところでしたが、あの子は折悪く魔物の討伐で負傷しておりましたので、わたくしが参加しました。わたくしたちは『穢れ』が発生した土地を調査し……そのあと、死者の島へ向かいました。念のため、最終討伐戦で崩壊した魔王の城の跡地を調査するためでした。……そこで、わたくしたちは……魔王と戦ったのです」
「え!?」
思いもよらないリュドミュラの告白に、思わず依那と颯太は立ち上がっていた。
「リュドミュラ様、魔王と戦ったんですか!?」
「15年も前に!?」
片手を上げて騒ぐ二人を押しとどめ、リュドミュラは先を続けた。
「戦い……とは言えませんわね。小競り合いにすらなりませんでした。魔王からしてみれば、わたくしたち調査団など、ゴミにも等しかったでしょう。その場でわたくしたちを消し炭に変えることもできたはずです。あそこで魔王がわたくしたちの前に姿を現したのは……わたくしたちに……正確に言えば、フェリド王子とブルム公に、絶望を与えるためでした」
「…フェリド王子と……ブルム公……?」
最後に勇者と一緒に戦ったっていう二人?
「!……まさか……」
「……そうです。そのまさかですわ。エナ殿。……魔王は、肉体を滅ぼされても新たな肉体に乗り移って生き永らえる……どんな手を使ったのかは定かではありません。ですが、魔王は、三人目の勇者、アーサー・リドル様の姿で現れたのです」
「そん……な……」
「アーサー様は、物静かで優しい勇者様で、勇者に選ばれなければ、きっと一生、戦いとは無縁で過ごされただろうお人柄でした。魔王を倒した後は、聖女のエカチェリーナ様とともにエンデミオンを離れ、クルト族の森でゆっくりと余生を送られた…はずでした。勇者とはいえ、お二方とも人間ですから、100年以上前に亡くなったはずなのです。それでも、お姿も、声も……あの瞳以外、わたくしたちの前に魔王として現れたのは、魔王討伐戦の時のアーサー様その人でした」
「魔王が化けてたんじゃなくて?」
「いいえ。化けたのだとしたら、大親友だったフェリド王子の目は誤魔化せなかったはずです。第一、アーサー様を看取ったのはフェリド王子だったのですから。アーサー様を亡くした時のフェリド王子の悲嘆はすさまじく、親友の死から立ち直るのに、100年近くを要しました。それなのに、死んだはずの親友が、最悪の敵の器として蘇ったのです」
「…魔王は、生きている肉体にしか乗り移れないのではないのですか?それなのに、どうやって亡くなったアーサー殿に乗り移ったのでしょうか?」
「…わかりません。…ただ、考えられるとすれば、最終討伐戦の時、魂だけで生き延びた魔王は、どうにかしてアーサー様の中に憑依したのでしょう。そして、フェリド王子の目を欺き、最期の瞬間にアーサー様の肉体を乗っ取ったのです。…ともかく、あの時魔王城でアーサー様……いえ、魔王はわたくしたちを嘲笑い、挑発しました。そして……シンを殺して去ったのです」
「ラウさんの弟を!?」
「…わたくしは、何もできませんでした。魔王の金色の瞳を見た瞬間、まるで石になったかのように、声も出せず、指一本動かせませんでした。…神や精霊がいるのなら、何故魔王討伐に参加しないのかとお思いでしょう?……できないのですよ。魔王と勇者の戦いに、神々や精霊が干渉することは、この世界そのものの崩壊に繋がります。創生神アルスや星女神ヴェリシアが、勇者や聖女に寵愛を与えてもそれ以上の協力をしないのは、そのためでしょう」
「それで………どうなったんですか…?」
「もちろん、わたくしたちはすぐに国にこのことを報告しました。目の前で弟を殺されたラウは怒り狂い、フェリド王子は復讐の鬼となりました。ですが、魔王の足取りはそこで途絶え……必死の捜索も空しく、3年半の時が過ぎました。……そして、11年前………あの事件が起こったのです」
「…あの…事件……って……?」
「…伯父上と伯母上が亡くなった事件…ですね…?」
絞り出すような声に、依那と颯太は驚いてオルグの顔を見た。
伯父上と伯母上。アルの両親。
「教えてください、リュドミュラ様!11年前に何があったのですか?父上も、誰も詳しいことは教えてくださらないのです!」
懇願するオルグに、リュドミュラはただ黙ってアルを見やる。
その視線を受けて、アルはほう、と重い息をついた。
「……そうだ。11年前のあの日。……俺の両親は、魔王に殺された」




