オーちゃんって、変かなぁ?
修練三日目。
朝食後、浮島へと渡った一行は、昨日と同じく水舞台での修練に臨んでいた。
「……よし!今日もよろしくお願いします!オーちゃん!」
気合を入れた依那が、水から現れた少年に挨拶すると、無表情の少年の向こうで、リュドミュラが点目になった。
「…オー……?」
「はい!相手してもらうのに、名前ないのも何なので。……というわけで、今日からきみはオーちゃん。よろしくね、オーちゃん!」
ただ突っ立ったままの少年――オーちゃんの手を取って握手すると、彼はただじっと依那を見つめた。
「………変な名前つけないでくださいな………まあいいでしょう。…では、はじめ!」
額を押さえてため息をついたリュドミュラは、気を取り直したように開始の合図を送る。
すると、まるで命を吹き込まれるかのように、彼は動き出し、俊敏な動きで依那に向かって来た。
「うわっと!」
間合いを取ったところで、いきなり水の槍を撃ち込まれて、依那は悲鳴を上げた。
「ちょっ……オーちゃん!魔法!?」
「あなたが魔力を纏ったまま戦えるのは判りましたから。今日からはこの子は魔法も使います。聖女として戦ってください、エナ殿!」
「あれはヴァハトハスタ…あんな強力な魔法を、詠唱破棄で撃てるのですね、あの子は…」
「私でもあれは難しいですよ」
模擬戦の手を止めて、オルグとレティは依那の戦いを見つめる。
「わたくしたちも負けていられませんわね!オルグ兄様!」
「行きますよ!レティ!」
気を取り直して魔法をぶつけ合う兄妹の向こうでは、素手のアルに翻弄される颯太がいた。
「ほら!踏み込みが浅い!足元ばかり気にしてると、こっちががら空きだぞ!」
「いったー!」
手首を打たれて思わず竜の剣を取り落とす。
だが、一瞬沈みかけた剣は、跳ね上がるようにして颯太の手に戻った。
「おお!できるようになったか!」
「そう何度も何度も沈めないよ!」
最初は、剣を落とすたびに水底に沈ませ、アルかリュドミュラに拾い上げてもらっていた颯太だったが、どうにか自分の意志で竜の剣を手に戻せるようになってきていた。
まだ時々沈むものの、昨日に比べると、格段に水の上で動けるようになっている。
「まだまだぁ!」
「ギャー!」
気合を入れて斬りかかった颯太だったが、あっさりアルに弾き飛ばされて水面に転がった。
「昨日に比べりゃだいぶましになってるが、まだ動きが単調だな。魔法使ってもいいんだぞ?」
「そんな暇ないよぅ~」
座り込む颯太に手を貸して立たせる。
激しい鍛錬は2時間近く続き、頃合いを見計らったリュドミュラが手を叩く。
「それでは、本日の水舞台での修練は、ここまでにしましょう。そろそろお昼ですから」
その声でオーちゃんもぴたりと動きを止める。
「……はぁ……疲れた~…」
へなへなとその場に座り込み、依那はため息をついた。
宣言通り魔法を使い始めたオーちゃんは、昨日以上に強敵で、依那も頑張ったものの、攻撃が入ったのはたった3発だ。
対して依那は吹っ飛ばされ、蹴っ飛ばされ、10数発は攻撃を喰らっている。
……回復魔法使えなかったら詰んでるよね!これ!
「エナ姉さま、大丈夫ですか?」
「ん。大丈夫」
駆け寄ってくるレティに笑って、よいしょ、と依那は立ち上がった。
「オーちゃん、強いなぁ」
無表情で佇む少年の頭を、くしゃっと撫でる。
「ありがとね、オーちゃん!相手してくれて。…じゃあ、また明日!」
「ねーちゃん!行くよー!」
「じゃあね、オーちゃん」
最後にもう一度笑いかけ、依那はその場を後にした。