月の夜 2
……さて、困った。
さんざん泣いてわめいて、叩いて。
腹の底に抱えていた思いをぶつけて、ようやく少し落ち着きを取り戻した依那は、この状況に頭を抱えていた。
少し前から涙は止まってる。正直、気は済んだし、むしろちょっと叩きすぎたかもしれない、とも思う。
だが、アルの胸に顔を埋め、抱き寄せられたこの状況をどう脱すればいいというのか?
教えてなおちゃん!!
ここにはいない乙女ゲーマスターの友人に助けを求めるくらいに依那は混乱していた。なんか、涙の代わりに変な汗が出そうだ。
「……なぁ……」
ややあって、依那が泣き止んだのに気づいたらしいアルが申し訳なさそうに声をかけるのに、びくぅっと依那の肩が跳ねた。
「どうでもいいが……鼻水たれてんぞ、お前」
「言い方ぁ!!」
デリカシーのかけらもない物言いに、真っ赤になって手を突っ張る依那の顔を、ぐしぐしと夜着の裾で拭いてやり。
「よし」
「何が『よし』よ!」
何故か得意げなアルの手をべしっと払いのける。
「……ひでえなあ」
わざとらしく叩かれた手を擦りながら、アルは内心ほっとしていた。この規格外聖女は、このくらい気が強いほうが見てて安心する。
「リュドミュラ様も、お前みたいな聖女は初めてだろうなぁ」
「悪かったわね、規格外で!」
しみじみ言われて、うきーっと反応したところで、依那はふと思いついた。
「リュドミュラ様と言えば……3人の聖女を見送った……んだよね?」
「そうだな。この800年で3度、召喚が行われている」
「ってことは、3回も勇者と聖女が戦って、一度も魔王に勝てなかったの?それとも、別々の魔王なの?」
「いや…魔王は一人だ。3回撃退して…そのたびに復活したってのが正しいな」
「魔王って復活すんの!?」
「魔王はその魂を体外に隠していてな。そのせいで魔王の肉体を滅ぼしてもいずれ復活すると言われている。……まぁ、この辺は明日…もう今日か。リュドミュラ様の授業で習うだろ。この話はソータも一緒に聞いた方がいい」
「………うん」
なんとなく釈然としないまま依那は頷いた。
びゅう、と強い風が吹く。
「もうすぐ夜明けだ。少し寝とけ。多分今日は実技が入るぞ」
身を震わせた依那に気づいたのか、ばさりと上着が頭から被せられる。
「アルは寝ないの?」
「俺はもう少しやることがあるからな」
「……わかった…」
空を見上げれば、ずいぶん月が傾いている。言われた通り、もう少し寝ておいた方がいいかもしれない。
「…おやすみ。……ありがと」
小さく礼を言って、室内への扉をくぐる。
なんとなく、よく眠れる気がしていた。