ピクニック?
翌朝も、良く晴れていた。
離宮の南側は湖に面しているため、寝室の窓からは湖が一望できる。
きらきらと輝く湖面の眩しさに、颯太は歓声を上げた。
「すっげー!でっけー!!」
「ラース湖ですよ。南部地方最大の湖です」
隣から顔を出してオルグが解説した。
「あの岸が見えますか?あれは対岸ではなく浮島で、聖教会の聖堂があります。古いですが離宮の礼拝堂より大きいですよ」
「浮島って、渡れるの?」
「ええ。滞在中に行けると思いますよ」
「やった!お弁当持って行こう!」
「ちょっと颯太!遊びに来たんじゃないのよ?」
朝食だと呼びに来た依那が文句を言う。
「じゃあ姉ちゃんは来なくていいよ~だ!」
「なんですってぇ!」
あっかんべをして逃げる颯太を依那が追いかける。
じゃれ合う姉弟を笑って見守るオルグはひどく優しい顔をしていた。
「今日は天気も良いですから、ピクニックに行きましょう」
「へっ?」
朝食の席で、にっこり微笑むリュドミュラの提案に、依那は思わず変な声を出した。
「浮島ですか!?」
「それはまた後日。今日は湖のほとりまで。少し離れたところに桟橋と四阿がありますの。そこまでいかがかしら?」
離宮の主であるリュドミュラの提案を断る理由もなく。
朝食後、一行は湖の四阿へ向けて出発した。
離宮から四阿まではだいたい五、六キロ。森の中を抜けていくため、馬車は使わず徒歩で行くことになった。
「姫様、お疲れになったらすぐおっしゃってください。エナ様も」
護衛として同行するエリアルドが、敷物や飲み物など、重い荷物を担ぎながら言う。
「大丈夫ですよ、エリアルド様、こう見えてもわたくし、結構たくましいんですのよ?」
普段のドレスやローブと違い、依那と同じふくらはぎ丈のシンプルなストライプのワンピースにショートブーツ、髪をひとつにまとめたレティは元気いっぱいで張り切っている。
「レティ、気を付けて。そこ、ぬかるんでいますよ」
妹に手を貸すオルグも、アルやエリアルドと同じシンプルなシャツとズボンにブーツというラフな姿で、いつものかっちりした王子様姿を見慣れた目には新鮮だった。
「それにしても、美しい森ですね」
「シナークのクルト族の森に行ったことがありますが、あそこに似ていますな」
騎士のヨハンとファラムがあたりを見回しながら言う。
「クルトの森ほどの深さはありませんが」
ゆったりと歩みを進めながらリュドミュラは微笑む。
「ラース湖の恵みでこの森も美しく育ってくれておりますわ」
確かに美しい森だ。
日本の森とは植生が違うのか――映画とか、旅行番組で見たヨーロッパの森に近い感じ。空気も綺麗で、森林浴効果なのかすごくリラックスできる気がした。
「ほら、あそこです」
リュドミュラが指さす先、湖のほとりに小さな桟橋があり、そこから少し小道を上がったところに木立に隠れるようにしてその四阿があった。
「…四阿っていうから四角なのかと思ってたけど、そうじゃないんだ」
「うん」
颯太の素直な感想に、依那も頷く。
四阿と言えば公園にあるような、四角くて壁がなくて、四方にベンチみたいなのがついてたりする…あれを思い描いていたのだが。
目の前の四阿は直径十メートルほどの円形で、数段の石段の上に立っている。
天井はドーム型で壁はなく、2か所の出入り口以外の部分には腰くらいの高さの柵があり、その内側は座面が深紅のベルベット張りのベンチになっていた。
雨、降りこまないんだろうか?
ついそんなことを考えてしまうが、壁もないのに落ち葉ひとつ落ちてないあたり、なんか魔法的な秘訣があるのかもしれない。多分。
「火、熾すか」
「先に敷物を敷いてしまいましょう」
「手伝うわ」
「レティとエナ殿は薪になりそうなものを集めてくださいますか?」
「ソータ、湖で果物冷やしてきてくれるか。場所はオルグが知ってるから」
みんなで手分けしててきぱきと昼食の支度をしていく。
ちょうど正午ごろにはすっかり準備は整い、全員が四阿の中でくつろいでいた。
最初は恐縮していた騎士たちも、王族たちにさんざん勧められ開き直ったのか、敷物の上に胡坐をかいて座っている。
お花見のように敷物の真ん中には食事が並んでいる。
肉や野菜をパンにはさんだもの、サラダ、卵料理。エリアルドとヨハンが簡易のかまどを作り、アルが簡単なスープを作った。
「アル兄、料理なんかできるんだ…」
「まぁ、騎士団と討伐行ったりすると、野営もするしな」
「殿下は器用なので助かります」
しれっとスープをすするエリアルドにオルグも苦笑する。
「野営だからって、料理や見張りまでする王族はあなたくらいですよ。好きでやってるんだから止めませんが」
「リュドミュラ様、肉が焼けましたよ。殿下もどうぞ」
ファラムが持ってきた肉をあぶって、いい具合に焼けたところをみんなに配分する。
和やかに食事が終わり、騎士たちが後片付けのために退出すると、リュドミュラは五人に向き直った。
「……それでは授業を始めましょう」