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離宮へ


 南の離宮へは、馬車でほぼ丸一日。

 朝早く王宮を出たものの、離宮が見えてきたのはそろそろ日も傾こうかという頃だった。


 「…ほら、見えてきましたよ。あれが南の離宮です」

 「え?どこどこ?」

 オルグに言われて、颯太と依那は馬車の窓にへばりつく。


 示された方角を見れば、茜に染まりつつある湖と、そのほとり、森の中にひっそりと建つ離宮が目に入った。白い外壁が、夕日を浴びて薔薇色に輝いている。

 「あれが……」

 「リュドミュラ様のおられる離宮です。あまり人と会うのを好まれませんので、限られた人しか立ち入りを許されておりません」

 確かに、王宮とは違い周りに人家もなく、静か…というより寂しい場所だ。

 「こんなところに一人で住んでるの?」

 「そうですね、ハン族のご長寿王子殿や、ドワーフの方々がちょくちょく逗留なさっているようですが」

 「お兄様ったら」

 相変わらず、ラウに対しては少々辛辣なオルグに、レティも苦笑する。


 そうこうするうちに、森の中に高い門が現れた。

 錬鉄製の優美な模様が描かれた門だが、肝心の塀がない。門()()、だ。

 「不用心じゃない?」


 女の人の一人暮らしでしょ?と心配する颯太に、馬に乗ったアルがにやりと笑った。


 「まぁ見てろ」

 そう言って、門に向かって小石を投げる。……と。


 バチッっとすさまじい音がして、門と、それに連なる一帯から天に向かい稲妻のような障壁が立ち上がった。

 アルが投げた石は一瞬で灰になり、同時に障壁も消え失せる。


 「ひええ…」

 「守護結界だ。害意のあるもの、許可のないものは入れない。例外は……動物と鳥くらいか」

 そう言って、アルは馬を降りた。そのまま無造作に門に近づき、手を伸ばした。

 「アル兄!危ないって!」

 「大丈夫ですよ、ソータ殿」

 アルの指先が門に触れた瞬間、門の中央にある水晶に赤い光が走り、巨大な門は音もなく中へ向かって開いた。

 「大丈夫だよ。俺たちは許可されてるんだから」

 「もぉ~~~!!!!」

 揶揄われたと判って脹れる颯太に笑いながら、一行は門の中へと馬を進めた。


 森の中を進むことしばし、突然目の前に広い芝生と花壇に囲まれた噴水、馬車をそのまま乗り入れられる広場が現れた。

 「これは……」

 馬車の脇を警護していたエリアルドも、驚いて息を飲む。

 「エリアルドさんもここは初めて?」

 「王家にお仕えして十年になりますが、離宮に伺ったのは初めてです」


 広場の向こうには白い石段とどっしりした扉があり、数人の侍従が彼らを出迎えるように立っていた。

 「皆様、ようこそおいでくださいました。長旅、お疲れ様でございます」

 「ヨハンソン殿、お久しぶりです」

 馬車から降りた一行は、その中で一番貫禄のある老執事に迎えられる。

 「お久しぶりでございます。オルグレイ殿下。アルトゥール殿下、レティシア姫殿下。そしてそちらが此度の……」

 「勇者ソータ殿、姉君の聖女エナ殿です」

 「はじめまして」

 「よろしくお願いします!」

 「ご尊顔を拝謁しまして、恐悦至極に存じます。離宮の執事をさせていただいております、ヨハンソンと申します。何か御用がございましたら、何なりとお申し付けください」


 ビシっと腰を折るその姿は優雅ですらあり、まさにザ・執事といった感じだった。

 むしろ、本物の執事さんに会えてこっちの方が恐悦至極だ。


 「リュドミュラ様は…」

 「こちらですわ」

 玄関を入ってすぐに控えの間、その向こう側に映画かゲームでしかお目にかかれないような石造りの大階段がある。半分くらい上がったとこで左右に分かれる、アレだ。

 その分岐したところ、すぐ左側にリュドミュラが立って一行を出迎えていた。

 「遠いところをよくいらっしゃいました。長旅お疲れでしょう、話は明日からにして、今日のところはゆっくりおくつろぎください」

 優雅に微笑んで、ヨハンソンに目で合図する。熟練した執事は心得たもので、てきぱきと一行をそれぞれの部屋へ案内した。


 「いやー、ほんとに合宿だわ」

 用意された部屋は個室ではなく。中央に教室くらいの大きさの談話室があり、それぞれ男子用、女子用の寝室へのドアがある。全員で雑魚寝じゃないだけまだましか。

 寝室にはクイーンサイズのベッドがでん、でん、ででん!と三つ並んでいて、それぞれの脇に机とクローゼット、着替え用の小部屋がついている。男子部屋も似たようなものだろう。


 「エナ姉さま!わたくし、誰かと一緒の部屋で寝るのなんて初めてです!」

 目を輝かせるレティは、お風呂も依那と一緒で大興奮だ。


 「オルグ兄様、アル兄様、エナ姉さまと一緒にお風呂にはいりましたのよ!エナ姉さま、お肌がすごく綺麗ですの!それで…」

 「だああああっ!レティ、ストップストップ!」


 浮かれてか、とんでもないことをお兄ちゃんズに報告しようとする天然姫様の口を、慌てて塞ぐ。

 「いいの!そういうのは、男子に言うことじゃないの!」

 「そう……なのですか?」

 「きいてません、私は何も聞いておりません!」

 きょとんとする妹と、真っ赤になって耳を塞ぐ兄と。その横で従兄弟は腹を抱えて笑い転げている。


 「レティ、ちっちゃいころ、オルグさんやアル兄と一緒にお風呂入ったりしなかったの?」

 「レティとは、ない…ですね。アルとはご一緒したことがありますが」

 「さすがに性別違うとな。嵐の夜に一緒のベッドに潜り込んだことはあるが、それもせいぜい五歳くらいまでか」

 「ふぅん……」

 その点、庶民の依那と颯太は小学校低学年くらいまでは一緒にお風呂入ってたし、依那が中学に入るまでは部屋も一緒だった。

 「こんなふうに夜着姿で一部屋に集まって話するなんて機会、留学でもしない限りまずないからな」

 王族ってのも大変だなぁ。としみじみ思う。庶民だったら、兄弟の寝間着姿なんぞ毎日見てるのに。


 「……おや…」

 長い髪を乾かしながら視線を流したオルグが、ふと出窓に置かれたエリスの花に目を止めた。


 「これは珍しい。エリスの花ですね。どこでこれを?」

 「あ、それは……」

 昨日のステファーノたちとのやり取りを軽く説明する。


 「なるほど、ステファーノからいただいたのなら納得です」

 「珍しい花なんですか?」

 「そうですね。栽培が難しいうえに、よほど森の奥に分け入らないと見つけることも難しい。おまけに十年に一度しか花をつけない貴重な花です」

 「蕾の状態でも鎮静効果があるし、満月の夜に咲く花を煎じれば、どんな状態異常をも治す秘薬ができる。花が終わった後の根は毒消しになる。冒険者なら喉から手が出そうな花だ」

 「そ……そんなすごいのを……」


 ネズミ治したお礼でもらっちゃっていいんだろか?


 「まぁ、ステファーノがくれたんならいいだろ。ありがたくもらっとけ。花は本当に綺麗だぞ」

 「あの人、何者なんですか?」

 「ステファーノ・アズウェル。アズウェル伯爵家の三男で、この国どころか大陸一の植物学者ですよ。先日も品種改良した小麦の件で来ていただきました」

 「ぽややんとしてるが、動植物の知識は半端ないぞ。……あと、異様に動物に好かれる」

 「そんなすごい人だったんだね…」


 イズマイアさんに怒鳴られてたし、失礼ながらとてもそうは見えなかったけど。

 

 そのあともしばらく雑談し、颯太があくびをし出したのを合図にその夜はお開きとなった。

 「おやすみなさいませ、エナ姉さま」

 「おやすみ、レティ」

 挨拶して、ベッドに潜り込む。


 明日からのことを不安に思わなくもなかったが、やはり疲れていたのだろう。ほどなく依那は眠りについた。



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