離宮への招待
星祭りは無事終了し、各国から訪れていた来賓たちも母国へと帰って行った。
颯太や依那の周りも日常を取り戻していった頃、南の離宮からその手紙は届いた。
「…南の離宮へ?」
「はい。リュドミュラ様からのご招待ですわ」
日課のお茶会で、レティは手紙を依那に手渡す。
「この間言ってた、お茶会ってやつかなぁ」
「……ではなさそうですわね。数日間逗留の予定、となっておりますから」
「じゃあ…合宿?」
「がっしゅく?」
「泊まり込んで集中的に訓練したり、勉強したりするってやつだな。ラウんとこでやったことがある」
首をかしげるレティに、果物をつまみながらアルが説明する。
「本来は試練の前にやる予定だったんだろうが…ラウが先走って竜の試練をやっちまったからな。いろいろ伝授しなきゃいけないこともあるだろうし」
「………伝授」
魔法や聖女や勇者について、サーシェスやレティにいろいろ教えてもらっているが、リュドミュラ様はそれ以上のことを教えてくれるというのだろうか。聖教会や神殿の関係者なのかな?
「リュドミュラ様って、あの時修練場にいた人だよね。皇太后っていってたけど、レティたちのおばあちゃん……なの?」
それにしてはすごく若く見えたけど。
「いえ…その、リュドミュラ様は…説明が難しいのですが……」
「リュドミュラ様は、便宜上皇太后という地位におられますが、我々の祖母ではありませんよ。詳しくは、ご本人から伺っていただいた方がいいでしょうね」
颯太の質問に、レティとオルグが答える。
「明日から…か。せっかちなのはこっちも一緒だな」
依那の手から手紙を受け取って目を通し、アルは頬杖をついた。
「オルグ、どうにかなりそうか?」
「どうにかするしかないですね……一日くらい遅れるかもしれませんが…少々遅れてでも合流しますよ」
忙しくなりそうです、とため息をつくオルグの肩を慰めるように叩いて、アルはお茶を飲み干して立ち上がった。
「よし、じゃあ俺は警備の手配をしてくる。出発は明朝になるだろう。準備しとけよ」
「任せましたよ。では私も執務の調整をしてまいります」
続いてオルグも立ち上がる。
「よろしくお願いいたします。兄様がた」
「じゃあ、あたしたちも。レティ、聖教会にも伝えに行こうか」
「そうですわね」
「あ、じゃあオレ、サーシェスさんとこ言いに行ってくるよ」
そんなこんなでこの日のお茶会は解散となった。
レティとともに聖教会へ数日不在の連絡をしに行った依那は、いろいろな調整を行うレティを残し、一人ぶらぶらと王宮へと戻ってきていた。
「………あれ?」
ふと見ると、中庭からテラスへと上がる石段の脇、茂みの中に座り込む男性の姿があった。
えーと……誰?小姓さんでも召使さんでもないし、騎士団の人でもないよね?
ちょっと迷って、依那は声をかけることにした。病人とかだったら大変だし。
「……あの~……どうかなさいましたか?」
「しっ!」
そっと声をかけると、男は振り向きもせず制止の声をかけてきた。
ますます不審に思って男の手元を覗きこむと、そこには血を流すネズミの姿があった。
「え?ネズミ?」
「そう。きみ、治癒魔法使えたりする?」
「あ、はい」
「じゃあ、悪いけど、この子治してあげてくれないかなぁ。お礼はするから」
「それはいいんですけど……」
治癒魔法はサーシェスに教わって使ったことがある。
動物に対して使ったことはないが…まさか、人間にしか効かないってことはないよね?
「……治癒」
おそるおそる魔法を使うと、ネズミの周りを小さな魔法陣が囲み、一瞬でネズミの傷は癒えた。
そのまま飛び起きてあたりを見渡し、ちょっとだけ男の顔を見上げてから逃げていくネズミを見送って、男はホッとしたように笑った。
「良かったぁ」
よっこらしょ、と立ち上がり、ズボンの膝を払う。
「ありがとう。助かったよ。きみ、すごいねえ。あんな一瞬で治っちゃうなんて」
おっとりした口調で言いながら、男はようやく振り返った。
「ぼくはステファーノ・アズウェル。ちょっとしたお手伝いでオルグ殿下に呼ばれたんだけど、ここであの子が怪我してるの見つけちゃってねえ。ぼく、魔法がへたくそだから、ほんと、きみが通りがかってくれてよかったよ」
年齢はオルグやアルと同じくらいか。
背はあまり高くなく、依那より少し高いくらいで、デブ、とまではいかないがちょっとぽっちゃりめ。
身なりの立派さとおっとりのんびりした雰囲気から、いいとこの坊ちゃんっぽい。むしろ、美形で周りを固められていた分、人のよさそうな平凡さが新鮮だった。
「こんにちは。依那です。お役に立てて何よりです」
「エナさんっていうんだ?聖女様と同じ名前だね」
にこにこにこ。
…言えない!その聖女本人だなんて言い出せない!
なんだろう、このほっこりほのぼの感?
謎の脱力系状態異常?に、どうしたもんかと困惑する依那をよそに、ステファーノはぽん、と手を打った。
「そうだ!お礼しなきゃね」
「いえ!そんな、いいですから!お礼目当てでしたわけじゃないし!」
「え?でも、ぼくがお願いしたんだし」
などと押し問答していると。
「ステファーノ!?」
悲鳴のような声が二人の会話をぶった切った。
「……イズマイアさん?」
「何してるんですの!ステファーノ!あなたって人は……」
みれば、血相変えたイズマイアがテラスの階段を駆け下りてくるところだった。
「やあ、イズマイア」
「やあ、じゃありませんわ!何してるんです、こんなところで!殿下に呼ばれたんでしょう!?」
のんびりステファーノにイズマイアは食ってかかる。
「お忙しい殿下をお待たせするなんて!本当に愚鈍なんですから!あなたって方は!」
「ちょ…ちょっと、イズマイアさん、落ち着いて…」
「あなたは黙っててくださいまし!」
…………仲裁しようとしたら噛みつかれた。
「まぁまぁ、イズマイア。エナさんは関係ないんだから…」
「エナさん!?」
ちーん、という効果音が付きそうな依那を見かねてか、とりなそうとしたステファーノの言葉にすらイズマイアは過剰反応した。
「あなたはまた……聖女様をそんなぞんざいに呼ぶなんて!なんという不敬!許されませんわよ!ステファーノ!」
「聖女様?」
「………はい……」
驚いたように見返されて、依那はなんだか申し訳なくなる。
仕方ないよね、ステファーノさん、知らなかったんだし。
「エナさん、聖女様だったんですね!そうかぁ、魔法がお上手なのも当然かぁ。すごいですねえ」
「ステファーノ!!」
のんびりステファーノとは裏腹に、イズマイアがだんだんすごいことになっている。
「あなっ……あなた…魔法って……まさか、また……聖女様になにか…」
「うん、さっきエナさんに助けていただいたんだよ。ネズミが怪我してたから、それで……」
「ネズミ!!!」
「……もう、しょうがないなぁ。イズマイアは」
もはや失神寸前でワナワナしてるイズマイアに、ステファーノはカバンから取り出した何かを手渡した。
「はい。本当は王宮の帰りにきみの家に寄ろうかと思ってたんだけど。ここで会えてよかった」
それから、依那を振り向いた。
「エナさんにも。お礼に、これあげます」
「……花?」
手渡されたのは、手のひらに乗るくらいの小さな鉢植えだった。
薄青い、スズランのような可憐な蕾が三つ、細い茎の先に揺れている。
「エリスの花です。夜になったら窓辺において、月の光を浴びさせてあげてください。満月の夜に、綺麗な花が咲きますよ」
そう言って、ステファーノはイズマイアに優しく笑いかけた。
「部屋に置いておくだけで、気分を落ち着けてくれるよ。イズマイアは頑張りすぎるから」
「…なんですの!こんなもの!」
一瞬顔を輝かせ、それから慌てたようにイズマイアはぷいっとそっぽを向いた。
とはいえ、さっきまでのヒステリーは落ち着いているあたり、効果は絶大なのかもしれない。
そして、貰った花を大事そうにそっと胸に抱えている。
「それより!いつまでこんなところで油を売っているつもりですの!殿下をお待たせしているのでしょう!?行きますわよ!」
依那に軽くお辞儀をして、イズマイアはステファーノを引きずる勢いであっという間に見えなくなった。
「………なにあれ……」
呆然と見送って、依那は手の中の花に目を落とす。
エリスの花。
「……綺麗だね」
「颯太」
依那の隣から颯太もエリスの花を覗きこんでくる。
どうやら、途中から見ていたものの、イズマイアの勢いが凄すぎて声がかけられなかったらしい。
「………前々から思ってたんだけどさ……」
「うん……イズマイアさんってさ………」
――――すんげえツンデレ。
そう気づいてしまうと、トゲ満載の言動もなんだか可愛く見えてしまうから不思議だ。
「次の満月っていつだっけ?」
「離宮に持ってた方がいいかなぁ?」
そんなことを言い合いながら、姉弟は自室へと向かった。
南の離宮での合宿は、きっと重要な意味を持つ。
なぜだか、そんな予感がした。