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竜の試練 2

 空気が、揺れる。

 深青の瞳の瞳孔が縦に狭まり、びしり、と額の角が伸びる。口許に牙が生え、ちろりと先端が二股の舌が唇を舐めた。


 えっ、と思った瞬間に、今までとは比べ物にならないほど重い一撃が来た。


 「我は、ぬしの姉が気に入った」

 鍔迫り合いとなりながら、ラウは颯太に囁いた。

 「ぬしが戦う覚悟もない腑抜けなら、我があの娘、貰い受けよう。なに、案ずるな。このまま連れ帰り、我が花嫁として生涯大切にしよう。地下大迷宮の最奥でな」

 「なっ……」


 ちらりと依那を見る竜の目につられて、颯太も一瞬依那を見た。


 すっくとそこに立ち、ただ黙って自分の戦いを見守る姉の姿を。


 「……っ……ざっけんなぁぁぁぁぁっ!」

 かっと腹の底から湧き上がる怒りに、颯太はラウの木刀を撥ね退けた。


 花嫁?誰が?ねーちゃんが?……この、()()()の?


 「勝手なこと……ぬかすな!このトカゲ野郎!…姉ちゃんは……姉ちゃんはっ……」

 沸き起こる怒りのままに、足元から青い光が炎のように燃え上がり、目の奥にまた以前とは違う模様が浮かぶ。


 「姉ちゃんは、やらーーーーーん!!!」


 激情のまま、颯太は青い炎を刀に乗せ、目の奥の術式ごとラウに向けてぶっ放した。

 降り下ろした切っ先から青い光が走り、修練場の床を割る。

 迸る斬撃はそれでは足らず、修練場の外周を囲む階段状の観覧席の一部を断ち割った。


 「……おお、ずいぶん豪快にやったの」

 咄嗟に空中に避けたらしいラウが舞い降りて、他人事のように笑う。

 その目は元に戻り、口許の牙も跡形もない。


 「ラウ様!お怪我を!」

 「おお、これでソータの勝ちだの」

 今気づいた、というように頬の傷に滲んだ血を指先で拭い、からりと笑う。


 「え……?…は?」

 斬撃を放ち、肩で息をする颯太は、その変わり身についていけない。

 「冗談よ、冗談。ぬしの本気を引き出したかったのでな」

 「じょ…う…だん~~!?」


 なにそれぇ~~?


 へたり込む颯太の頭をぐしぐし撫でて、ラウは依那に向き直った。


 「さて。エナ殿はどうする?何が得意だ?剣か、投げ技か?」

 「では、私も剣道で」

 颯太が落とした日本刀を拾い、依那は構えた。

 中学までとはいえ、依那も颯太と同じく警察署の剣道教室に幼稚園の頃から通っていて、それなりに段も持っている。多分、剣道で試合をすればまだ依那の方が颯太より強いだろう。


 だが。


 ラウさんは……あたしより、強い。


 道場で師範だった、吉田警部補より強いだろう。

 それは実戦経験の差というだけではなく。

 覚悟そのものが違うのだ。

 安全な試合しかしたことのない自分たちと、命のやり取りをするこの世界の人たちの、決定的な違い。


 「…よしよし、エナ殿はソータより話が早いとみえる」

 にやりと笑って、ラウは木刀を構えた。

 「………っ……」

 ただ構えただけで、とんでもない覇気が伝わってくる。颯太と一戦交えた後だからか?さっきより圧が増してる気がする。

 「なるほどなるほど、これでも臆さぬか」

 それは重畳、と打ち込まれた一撃を受け流し、そのまま懐に飛び込む。

 体力的に不利なことは判り切っている。腕力的にも、あの重い一撃を受け続けることは難しい。となれば。


 「喰らえ、火球(エルクロット)!」


 一気に短期決戦を狙い、相手の顔めがけて魔法を繰り出す。

 そのまま返す太刀で胴を狙ったが、相手は咄嗟に飛び退いてその一撃を避けた。


 「エナ殿は魔法も使うか!」

 「使っていいって話でしたよね?」


 道場で、みんなで遊んだ忍者ごっこやケンカ殺法がこんなとこで役に立つとは思わなかったー!!!

 刑事課のおっちゃんたちありがとう!!


 心の中で感謝しつつ、距離を取って構え直す。

 「無論だ。面白いの!エナ殿!」

 すさまじい速さで打ちかかってきたのを上段で受け、回転しながら回し蹴りを放つ。


 「これ!若い娘が足技を使うな!」

 「隙ありっ!」

 慌てるラウの隙をついて斬りかかろうとしたとき。

 「甘いわ!」

 目にもとまらぬ早業で下から突き上げた一撃に弾かれ、依那の手から刀が飛んだ。

 「しまっ……」

 「油断したの、エナ殿」

 思わず手を押さえる依那に木刀を突き付け、ラウは笑う。


 ……が。


 「………なんちゃって」

 ぺろ、と舌を出して依那は短い旋律を歌った。

 途端に依那から光の波動が広がり、修練場を取り巻いた。


 「こ……これは…」

 「う…ぬ」

 「てい!」

 落とした刀を拾い、旋律に乗せた効果「麻痺」のせいで動けないラウに近付くと、依那は刀の峰でぺちっとラウの手を叩いた。


 「小手あり、一本。あたしの勝ちですね?」

 「おお、痛い。しかし、これはいささか反則ではないか?エナ殿」

 効果を解いてやると、ラウは叩かれた手を擦り、大げさに痛がりながらぼやいた。

 「でも、聖女の戦い方が見たかったんですよね?ラウ様は」

 「これは……本当に一本取られたの」

 苦笑して、ラウは頭を搔いた。

 「我の負けだ。…クラウも、その無粋な代物を仕舞わぬか」

 「…承知しました」


 へ?と思って振り返れば、クラウはクナイを仕舞いこむところだった。主に危機が迫ったらあれ投げるつもりだったんだろうか。お庭番、怖い。


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