星祭りの式典
晴れ渡った空は茜に染まり、だんだんと夕暮れが天空を支配していく。
気の早い星々が輝き始め、日が落ちようかという頃に星祭りの式典は始まろうとしていた。
神殿前に設えられた祭壇の周りを囲むようにかがり火が焚かれ、祭壇の右側には司祭たちが、左側には神官たちが並ぶ。
街の灯はすべて消され、聳え立つ王城からも灯りは消えている。
星祭りの式典の間は、灯りをつけないのが習わしだった。
王宮前広場には大勢の人々が詰めかけ、式典の開始を今か今かと待ち望んでいる。
祭壇の横にいる司教と神官たちはあの村でレティが使ったのとよく似た杖を持っていた。
だが、あの杖に比べると水晶玉が透明で、大きさも小ぶりだ。
やがて、シャラン!と澄んだ音が鳴り響き、祭壇の前に進んだサーシェスが杖を掲げると祭壇に置かれた水盆が淡い光を放ち始めた。
ざわめきが広がり、その中でサーシェスは声高らかに式典の始まりを告げる。
良く響く声で、歌うように紡がれる祈りの言葉。
その高まりにつれて水盆は輝きを増し、一つ、二つとかがり火が消えていく。祈りの言葉が終わるころにはかがり火はすべて消え、星の光と水盆の淡い輝きだけがあたりを照らしていた。
……すごい……
満天の星空、とはこういうことなのか、と依那は空を見上げて思った。きっと颯太も同じだろう。
本当に降るような星空だ。
「……エナ姉さま」
傍に控えたレティにそっと促されて、依那は祭壇の前に進み出た。
聖女の出番。
ここで、聖女はうたを捧げるのだ。
とはいえ、祝福のうたのように決まった曲があるわけではないらしい。
聖女と勇者は独自の言葉や旋律で力を発動させるらしい。なんじゃそりゃ訳わからん。
とにかく、なんでもいから豊穣を願って歌を歌えと言われている。
何を歌えばいいか迷っていた依那だったが、この満天の星空を見ていたら、ごく自然に歌が出てきた。
なつかしい、童謡だった。
小学校の、下校時刻に流れた歌。
「……遠き山に日は落ちて、だ……」
依那の歌声を聞きながら、颯太はぽつりと呟く。
素朴な、故郷のうた。
優しい旋律に、知らぬ間に涙がにじんでくる。
謡う依那の身体が淡く光りはじめ、纏ったローブと髪がふわりとなびき始める。
声もなく人々が聞き入る中、光はゆっくりと広がり、広場を、街を、王都を包んでいく。
歌声が終わると同時に光は弾け、淡い粒子となって空に消えた。その光を見送って、依那はぺこりと頭を下げた。と、同時にかがり火が戻る。
一瞬の間をおいて、地響きにも似た大歓声と拍手が沸き起こった。
大反響に内心ビビりながら定位置に戻った依那は、ぼろぼろ泣いているレティにぎょっとした。
「え?ちょっ……何泣いてんの?レティ?」
「エナ様、お静かに」
小さい声で窘める司祭も泣いている。
なに?なんなのよ?みんなして?!
なぜか泣いている周りに驚愕しつつ立ち尽くす依那は、自分の歌が周りに感動と祝福をまき散らした結果だとは夢にも思わず。
めちゃくちゃ居心地が悪いまま式典の最後を迎えたのだった。
「…エナ姉さまぁ…す…素晴らしかった…です~~」
式典の場を辞して神殿に入った途端、ボロ泣きのレティに抱き付かれた。
「うん、ねーちゃん、すごかった」
「……なんであんたまで泣いてんのよ…」
ぐしぐし鼻をすする颯太にげんなりする。
「本当に素晴らしかった。エナ様。聖女の祝福がこれほどのものとは…」
「サーシェスさんまで!?」
涙目のクールビューティに依那は青くなる。
「祝福…したつもりはなかったんだけどなぁ……」
豊穣を祈れって言われたし。
「何を祈ったんですの?」
「大豊作でありますように、と…明日もいい日でありますように、って」
「それは祝福以外の何物でもありませんよ」
にっこり微笑んで、サーシェスは恭しく腰を折った。
「図らずも、あなたの歌で今夜、多くの者が勇気づけられ、癒されたことでしょう。本当にありがとうございました。聖女様」
「はぁ……」
そう言われても、自分が意図しないことで感動され、感謝されるのは居心地が悪い。
釈然としない思いを抱いたまま、依那は自分の部屋へ戻るしかなかった。