ナイアスとの邂逅
「……昨晩は、大変失礼いたしました……」
―――翌日。
晴れ渡った青空の元、依那と颯太の控室を訪れたオルグの第一声がそれだった。
「……えーと?」
「醜態をお見せして……酔っていたとはいえ、面目次第もございません……」
「ああ、あれかぁ!」
しおしおとしたオルグに、颯太はあっけらかんと笑う。
「いやいや、大丈夫ですよー。最初はびっくりしたけど、あんなの、迷惑のうちにも入りませんて!ねー、ねーちゃん」
「オルグさん、酔ってたんですねえ」
依那や颯太の知る酔っ払い、の迷惑はもっと酷い。
くだを巻いたり、踊ったり、歌ったり。
ひどいのになると電柱登ったり、川に飛び込んだり。お前らほんとに警察官か!と何度怒鳴ったか。
それに比べれば、従兄弟に甘えてすり寄ったり。膝枕で眠ったり、こっちに被害がないぶん、どうってことない。むしろ、完璧王子のグダグダな様は微笑ましくもあった。
「気にしないでください。可愛いオルグさん見れてこっちも楽しかったですし」
「か…かわい…」
依那の言葉は何やら抉ったらしい。
「…レティ……私は喜ぶべきでしょうか?」
「お兄様、しっかり!」
などと、すみっこで兄は妹に励まされている。
「それだけ、私たちにも気を許してくれてるってことでしょ?だから、嬉しかったです。ね、颯太」
「うん。アル兄と違ってオルグさんは気を張りすぎだから、いいんじゃないかな?」
「俺と違って、ってのはどういう意味だコラ」
「あだだだだだ!」
いつの間にか来ていたアルが颯太の耳を引っ張る。
「お前ら、そろそろ時間だぞ。用意はいいのか?」
オルグに黒いマントを渡しながら控室を見回すアルは昨日の白の正装姿だ。サッシュの代わりに左肩に赤いマントをかけている。悔しいがむちゃくちゃカッコいい。
「ほら、こっち来いソータ」
「うわあ、マント!オレ、初めてだ!」
アルに若草色のマントを着付けてもらい、はしゃぐ颯太に、
「では、行きましょうか?」
自分でさっとマントを装着したオルグが微笑む。
そのオルグも昨日と同じ青の正装で、サッシュを外し左肩に黒いマント。白の正装のアルと並ぶと、いつぞやレティが言っていた通り本当に素敵というかなんというか。
いい加減慣れたと思っていたけど、やっぱりビシっと決められると美形は破壊力が違う。
案内役の神官に先導されて向かった先には、飾り立てられた二階建てくらいの高さの馬車があった。天蓋が外されていて、優勝パレードとかで選手が乗る凱旋カーか二階建てバスみたいだ。
そこへ国王陛下と王子二人にお姫様、そして依那と颯太が乗り込んで、王宮前広場から都の大通りをぐるっと回り、アルス神殿までパレードするのだとか。
ちなみに、王宮とアルス神殿は実際には隣同士に建っている。
「先日の村でのことは別ですが、多くの民にとってはソータ殿、エナ殿を初めて見る機会となります。できれば笑って応えてあげてください」
「結構高さがありますし、揺れますから気を付けてくださいましね」
王子様とお姫様に助言を受けて、依那と颯太は深呼吸をした。
初めて市民の前に姿を現すのは、正直ちょっと怖い。
物ぶつけられることはないだろうが、しーんとされてもいたたまれないだろう。
「……颯太、ファイト―!」
「いっぱーつ!」
などと二人だけにしかわからない気合いを入れて、二人はパレードへ向かった。
結果から言うと、パレードは大盛況だった。
馬車は熱狂的ともいえる歓迎で迎えられ、沿道や道沿いの家々から花がたくさん投げ込まれた。
最初は硬くなっていた姉弟も徐々に自然な笑顔になっていた。
王家の人気は絶大で、レティが手を振るたび野太い歓声が上がり、王子様ズが微笑めば黄色い悲鳴が上がる。
完璧王子のオルグは言うに及ばず、アルまでもが別人のような微笑みを振りまいていて。
庶民の姉弟は内心感心するのだった。
王家の外面、すげえ。
1時間半ほどでパレードは終わり、依那は予行演習へ、颯太は見回りに行くエリアルドたち騎士団にくっついてお祭りを見学に行った。
「……いいなぁ、颯太……」
行ってきます!と手を振る颯太をジト目で見送って、依那はため息をつく。
とはいえ、予行演習が必要なことも重々承知している。本番で失敗すれば、祭り自体が台無しになりかねないのだ。
「…よっしゃ、行くかぁ!」
気合を入れて王宮からアルス神殿へと向かう。
「……あれ……?」
その途中、中庭の四阿付近で何かが動いたような気がして依那は足を止めた。
「……ゲッ!」
よくよく見れば、四阿の柱に寄りかかって何やら思案顔をしているのはエロワカメ……もとい、ナイアスだった。
「………聖女様?」
見つからないうちに逃げよう、と思ったのもむなしく、目が合ってしまっては逃げようがない。
「……ごきげんよう、公爵様」
観念して依那は恭しく礼をした。
――なんでこういう時に限って誰もいないのよー!アルー!どこ行ったー!
「つれませんね、ナイアスとお呼びいただきたいのに」
苦笑しながらナイアスは依那の傍へ歩み寄ってくる。
また挨拶されるのかと思わず身構えたのが判ったのだろうか、彼は依那の間近まで来て足を止めた。
「……そんなに警戒しないでください。もうおいたはしませんよ。……やはり従姉妹殿の方が正しかったようだ」
そう言って、ナイアスは依那には触れず騎士の礼をした。
「シャノワ様の?」
「ええ……あの後、無礼が過ぎると怒られてしまいましてね。普段はあの子が私に逆らうことなどなかったので、私もむきになってしまって……いやはや、大人げない話ですが…」
ほう、とため息をついてナイアスは髪を掻き上げる。
色気たっぷりな仕草ではあるものの、昨夜のような毒々しいまでの甘ったるさはない。
「その………朝から口をきいてくれないのですよ。部屋に閉じこもってしまって、出てきてくれない。こんなことは初めてで……どうしてよいのやら……」
「どうしてって……ちゃんと謝ったんですか?」
「もちろん、謝罪はしましたよ?でも扉を開けてくれないのです」
「……なんて謝罪を?」
「いつまでも気にするな、機嫌を直して出てきてください、と……」
「それ、謝ってませんよね?!」
依那のツッコミに、ナイアスは驚愕!という顔をする。
というより、それで謝ったつもりになってるワカメの頭の方が驚愕だ。
「ちゃんと、自分が悪かった。ごめんなさい、って言わなきゃだめですよ。年上だって、そういうところはちゃんとしなきゃ」
「…ちゃんと…」
考え込んでしまったナイアスに、依那は苦笑した。
「ちゃんと謝ってあげてください。シャノワ様もきっと判ってくださいますから」
「……そうでしょうか?」
「そうですよ。……さ、早く行ってあげてください。こういうのは、時間が経つほど難しくなっちゃいますから」
促すと、ナイアスはちょっとためらってから来賓棟の方へ足を向けた。
「ありがとうございます。聖女様。やってみます」
にっこり笑って歩み去っていく。
「頑張って!」
その背中に声をかけて、依那は息をついた、
なんだ、あのエロワカメ、あんな顔もできるんじゃない。
ちょっと印象変わったかな、と思ったとき。
「演技だな」
「演技ですわね」
「演技ですわ!」
「うわぁっ!」
後ろからサラウンドで言われて依那は飛び上がった。
慌てて振り向くと、木陰からアル、イズマイア、レティの三人が遠ざかっていく背中を見送っている。
「い…いたの!?」
「いるにきまってんだろうが」
「いましたわよ!隙だらけですわ、あなた!」
「いつから!」
「おいたはしません、あたりからか?」
「わたくしは、驚愕!からですわね」
「同じく、ですわ」
当然のように言われて力が抜ける。つーか、ほとんど全部見られてたんかい。
「……お前、ちょっといいとこあるかも、とか思っただろ」
「うっ…」
「チョロすぎですわ、聖女様」
「ううっ…」
「否定できませんわ。エナ姉さま」
「レティまで!」
うわーん、と嘆く依那の頭をアルが小突く。
「気を抜くなって言ったろうが。アイツは13歳のレティを口説く男だぞ?」
「え?レティを?」
訊けば、1年半前、当時13歳になったばかりのレティの寝室の窓辺で口説き文句を囁いてアルに殴られたらしい。
「ちょっと待って!13歳でしょ?中1?中2?どっちにしても犯罪だよね!?」
「チュウイチが何かは存じませんが、社交界デビューは14歳とされておりますから、それ以前にというのは両家の同意がない限り、あまりに非常識ですわね」
「貴族…特に王族は生まれたときから婚約者が決まっていてもおかしくない。むしろ、うちみたいにこの年で婚約者が決まっていない方が珍しいが…社交界デビューしたら、特に女性は縁談が山積みになる。少しでも早いうちに渡りをつけておきたかったんだろうさ」
ケッとアルは吐き捨てる。
「実際に関係はなくても、噂が立てばそれでいい。男との醜聞が立てばほかの縁談がまとまりにくくなるからな」
「う~わ~…」
ないわ~、あり得ない。悪質すぎる。
「とにかく、手段を選ばない男だ。付け入る隙を見せるな」
そう言いおいて、アルは王宮の方へ戻っていった。
「エナ姉さま、ではわたくしたちも」
「……うん……」
レティに促されて神殿に向かう。
とりあえず、エロワカメには極力関わらないようにしよう!
まずは、星祭りの式典を成功させることを考えねば。
気持ちを切り替えて、依那は気合を入れなおした。