ラウ・ハン
「……ここにいたか、アルト」
深夜の回廊で、後ろからかけられた声に、アルはゆっくりと振り返った。
「驚かすなよ、ラウ。どうした、眠れないのか?」
「よく言う。我の気配などとっくに判っておっただろうに」
くっくっと笑いながら暗闇から姿を現したのは、来賓棟にいるはずのドラゴニュートの王子、ラウ・ハンだった。
「良く晴れておる。先刻まで花火がうるさくて星が霞んでしまっておったが……」
「ああ、明日も晴れそうで良かった」
欄干に凭れ、並んで星を見上げる。
「……此度の勇者、なかなかに見どころがありそうだな。幼いが、良い魂をしておる。柔軟で、折れぬ。あれは鍛え方次第では強くなろう」
夜会で挨拶した時。颯太は真っすぐにラウの目を見てきた。
ドラゴニュートであり、目力の強いラウの目を正面から見据えられる人間は、そうはいない。しかも、なにやら目を輝かせ、異種族に出会えた喜びの波動を発していた。好奇の目で見られるのは好かぬが、あの子供の眼差しは……悪くない。
「強いぞ。初陣で『穢れ』の浄化と再生を同時にやってのけた。剣の扱いはまだまだだが、筋は良い」
「ほう、それはそれは……貴様の子供の頃を思い出すな」
闊達に笑うラウは、額に黒の一本角がある以外は14、5歳の黒髪の少年にしか見えない。だが、その深青の瞳に宿る叡智が示す通り、見た目通りの年齢ではなかった。
「それに、あの姉の方。聖女…エナ、とか言ったか。あの娘もなかなか…女にしておくのは惜しいほどの真っすぐな魂だ。興味深い」
「おいおい、お前まで引っ掻き回すなよ?」
渋い顔でアルが言うと、ラウは一瞬目を瞠り、大声で笑いだした。
「おい!時間考えろ。夜中だぞ!」
「いやなに、とうとう色気づきよったか!小童が!」
「ちーがーうって!叩くな!」
いてーんだよ、馬鹿力!と背中をバンバン叩くラウの腕を掴んで止めさせる。
「違うのか?王家の指輪を渡しておきながら?」
「違うっつってんだろ!……アイツ、そういう習慣がなかったらしくて、挨拶で手にキスされんのも駄目なんだよ。最初に挨拶されたときは目を回したし、俺は殴られそうになった」
「殴られた!お前が?」
「避けたよ!殴られそうになった、つってんだろ!……まぁ、初対面では投げられたが…とにかく!そういうわけで、感覚遮断のためにつけさせてるだけだっての」
「……なるほどなるほど」
「………なんだよ、オイ。嫌な笑顔だな」
にんまりとラウは笑う。
「ますます興味が出てきた。あの娘、帰る前に一度確かめねばならんな!」
「何をだよ!……頼むから、おとなしくしててくれ。ただでさえナイアスの野郎がなんか企んでそうだってのに…」
「むう……ナイアスか……」
その名前に、ラウも眉を顰める。
「あの男、レティ嬢に不埒な真似をしかけて国外退去になったのではなかったか。夜会で見かけて、正直驚いたぞ。まだ2年も経っておるまい?」
「今回は勇者と聖女のお披露目兼ねてるからな。友好国の次期国王に内定しているとあれば、招かんわけにもいかんだろうよ。……まぁ、レティへの接近禁止は言い渡してあるが」
「…それで大人しくしておるような殊勝者とも思えんが。……なるほど。王女が駄目なら聖女を狙うやもしれぬ、と?」
「……まぁ、今回ばかりはあの野郎も勝手が違うだろうが……」
エロワカメ発言を思い出して、アルは小さく噴き出した。
「どうした?」
「いやなに……実はな、エナがな……」
耳貸せ、と言って、こしょこしょと耳打ちする。
真夜中の回廊の一角で、爆笑が起こったのは言うまでもない。