事情聴取
「…はっ!寝てた!!」
どれくらい経ったろうか。
不意に訪れた目覚めに、依那は飛び起きた。
泣きじゃくったままいつの間にか眠ってしまったらしい。慌てて時計を見れば昼少し前。4時間ほど眠ってしまったことになる。
「お母さん!お母さん?」
慌てて階段を駆け下りると、居間には前田とそのほかにも二人、見覚えのない男性がいた。
「まあまあ依那ちゃん、少しは眠れた?大変だったねえ」
キッチンからは隣のおばちゃんが顔を出し、依那の手を引いてテ―ブルにつかせると、お茶を淹れてくれる。
「…おばちゃん…颯太は…」
「…あ…」
「今も捜索中だ。昨日より捜索範囲を広げて、人員も増やした」
言いよどむおばちゃんの代わりに、依那の向かいに腰を下ろした前田が口を開く。
「誘拐、らしき電話もない。今、県警の捜査員が美那さんから話を聞いてる」
県警の捜査員、とは居間のソファで母と話をしているあの二人のことだろう。
「あたしも探しに…」
「まあ待て」
立ち上がりかけた依那の肩を前田が制する。
「とにかく、なんか腹に入れろ。話はそれからだ」
夕べから何も食べてないだろ、という言葉とともに、おばちゃんがおにぎりの載った皿を目の前に置いてくれる。
「おなか、空いてるでしょ。無理してでも食べなさい。…それはこっちに渡して」
それ、と言われて初めて、依那は自分がまだ颯太の靴下を握りしめていることに気づいて真っ赤になった。
なんだか無性に恥ずかしくて、照れ隠しのようにおにぎりにかじりつく。
「そうそう。ちゃんと食って力付けないといざって時に動けないからな」
相変わらず食欲はなかったけれど。依那は頑張ってお茶とともに二つのおにぎりを平らげた。
「…進展は?」
ごちそうさまでした、と手を合わせた後、依那は改めて前田に向き直った。
「…まだ何も。遺留品も見つからないし、滑って落ちたような跡もない。沢に落ちた可能性も考えてかなり下流まで捜索したが何も見つからん」
「…………………」
「美那さんの話じゃスマホは持ってたってことだが、電源が入ってないらしくてな…スイカも消えてるし」
「スイカ?」
「ほら、颯太が取りに行ったっていう…」
「……ああ……」
そういえば、颯太は沢で冷やしてるスイカ取りに行って行方不明になったんだった。
もしこれが誘拐だったとしたら、颯太はスイカ抱えたまま拉致されたってこと?……ど―ゆ―シチュエ―ション?それって。
「……なんか、すっごく不自然…」
颯太は中学生になったばかりとは言え、か弱いお子様ではない。体格は良くはないが、標準くらい。チビではないし、ヒョロくもない。運動神経はいいほうだし、見た目は……まあ、姉の贔屓目を抜きにしても、可愛いほう…かな?美少年でもハンサムでもないけど、少なくとも不細工といわれる筋合いはない。好奇心旺盛でいろんなことに首を突っ込みがちだが、腕っぷしはそれなりだし、それに何より。
「颯太が誘拐されるとしたら、スイカぶつけて反撃くらいすると思う。第一、大声出すだろうし、逃げ足早いし」
「……だよなあ。そのへんは依那ちゃん仕こ……先輩仕込みだし」
思わずじろっと睨むと、前田は咳払いをしてそっぽを向いた。
自慢じゃないが、颯太はそこらそんじょの中学一年生より場慣れしていると思う。
死んだ父は警官だけあって依那や颯太に非常時の対応法を教え込んでいたし、ぶっちゃけ依那は鉄拳制裁派だ。DVと言われようが、悪さをしたら張り倒す。近年はさすがに減ったが、取っ組み合いの大喧嘩も少なくはない。
「颯太をこっそり誘拐するなら、最低二人がかりじゃないと…」
「三人は必要だろ」
口抑える奴と、体抑える奴と、運転するやつ。テ―ブルに頬杖をつき、前田は指を折って数える。そうすれば颯太を攫えると仮定して。なんの痕跡も残さずそんなことが可能だろうか。そしてその目的は?
「…前田巡査」
キッチンの戸口からかけられた声に顔を上げれば、県警の捜査員の片割れがこっちを見ていた。
「お嬢さんに話を伺いたいのだが…」
「…はい」
事情徴収、か。
お茶を飲み干して依那は立ち上がった。
居間へ行き、母の隣に腰を下ろしながら訊く。
「これがすんだら私も颯太を探しに行きたいんですが」
「……それは……」
依那の言葉に、捜査員たちはちょっと動揺したようだった。
「……できれば、しばらくは外へ出ない方がいいかもしれません」
「何故ですか?」
「……マスコミが来てますから」
マスコミ。
咄嗟に反応できなかった依那に、窓際に立った前田が無言でそっとカ―テンをずらす。生垣越しに人だかりとマイクのようなものが見えて、ぞくりと戦慄が背筋を走った。
マスコミ。報道陣。
颯太の失踪は、そこまでの事件となっているのだ。もう、ただの迷子では済まされないところまで。
……それでも、依那と母の地獄は、まだ始まりに過ぎなかった………




