夜会 2
国王に呼ばれて、来賓に紹介される。
まずは、各国の代表から。
北の隣国、リーヴェント共和国のアルフレド・エンバーノーグ国家元首と奥様のオリビアさん、娘のビビアナちゃん。
ついで商工会代表だというオリバー・ダーヴィン。昨日のイズマイア勉強会で教わった、リーヴェント一の大商人だという男だろう。
続いて東のシナーク連邦国から、ハン族の王子ラウ・ハン、プルーナ族の女王エドナ・プルーナ。
つまりは龍人族の王子様と魚人族の女王様だ。
ラウ王子は額に黒曜石みたいな綺麗な角があるが、青い髪のエドナ女王は外見的には人間の美女にしか見えない。
事前に教えてもらっておいてよかったぁ!
微笑んだまま、依那は心の中でイズマイアを拝む。
教えてもらっていなければ、異種族なんて気が付かなかっただろう。
そういう風習がないらしいハン族の王子を除いては、予想通り男性はみんな手の甲に口づけという挨拶をしてきたが、指輪のおかげで何とか乗り切れそうだ。
―――だが。
ほっと一安心しかけたとき、そいつはやってきた。
「西の隣国、カナン王国のゼラール・ヴォイド・レイ・カナン国王、ご息女のシャノワ・ウルド・レイ・カナン王女。そしてお従兄弟にあたられるナイアス・メギド・ル・カナン公爵」
「これはお美しい聖女様じゃ。先ほどは見事なダンス、眼福でしたぞ」
にこにこと人のよさそうな国王が依那の手を取り、手の甲に口づけを落とす。
その次は王女かと思ったら、おどおどしている王女様を無視して、なぜか公爵と紹介された男が依那の手を取った。
仕立てのいい黒の正装に、大きな赤い宝玉の嵌った金のサッシュ。軽くウェーブのかかった深緑色の髪を、背中に流している。
三キラの中で一番背の高いサーシェスと同じくらいの長身で、気怠げというか、退廃的な雰囲気の男だった。例のごとく、とんでもない美形だ。
野心があって、次期国王になる予定の公爵とは、こいつのことだろう。恋多き男、というのもそれっぽい。
「……本当に、素晴らしいダンスでした。あんなに素晴らしいダンスを見せられては、お誘いする勇気が挫けそうです」
アイスブルーの瞳を細めながら、手入れされた指先で依那の手の甲をつつ……っと撫でる。
ぞわぞわぞわぞわ~~~~~~~っ!!!と依那の背中が総毛立った。
間違いなく、袖の下は鳥肌が立っている。
「…あ……あの……公爵様…?」
「公爵などと……どうか、ナイアス、とお呼びください。美しい聖女様」
艶然と微笑まれ囁かれ。その間もずっと依那の手を握ったまま。指先だけがひどくゆっくりと依那の肌を這っている。
ぎょええええええ何こいつ気色悪いぶん殴りたい!
「おや…これは…」
衝動を必死で抑えている依那の苦労も知らず、ナイアスはさも今気づいたというように、依那の指輪に目を止めた。
「これはこれは……美しい指輪だ。美しい方には美しい宝石がお似合いですね」
にっこり微笑んで、ナイアスは依那の手の甲に唇を寄せた。
「……いつか、わたくしからもこの指に宝石を贈らせていただけますか……?」
依那の手の甲にあてた唇を薬指の付け根まで移動させ、そう囁くナイアスに依那の忍耐が限界に達しようとしたとき。
「……おっ……おやめください!お兄様!」
ナイアスの後ろで震えていたシャノワが必死の声を上げた。
「お……お戯れが過ぎます。せ……聖女様が……困って…おいでです…」
同時に、オルグが後ろからナイアスの肩に手を置く。
「公爵、お戯れもその辺で。そちらの姫様を困らせるものではありませんよ?」
「……やれやれ、無粋だね。我が従姉妹殿は」
一瞬オルグを睨み、ナイアスは肩を竦めて依那の手を離した。
「大変失礼いたしました。聖女様。あまりにも魅力的な方で、わたくしとしたことが、我を忘れてしまったようです」
丁寧な礼をして、立ち上がる。
「もしよろしければ、後でわたくしとも踊っていただけると至上の喜びです。……オルグ殿下も従姉妹がご心配をおかけして申し訳ありません」
流し目で言いおいて、ナイアスは国王やオルグにも礼をし、背を向けた。
お辞儀をし、その背を追うように去っていくシャノワを見送って。
「ねーちゃん?」
「エナ殿!」
カナン一行が退出して、気が抜けて。思わずへなへなと座り込んだ依那を、颯太とオルグが慌てて支える。
「や、……大丈夫。ごめんなさい、ちょっと気分が」
「急に大勢の人に会われてお疲れになったのでしょう。少し、お休みになった方がよろしいですね」
「う……うん」
「さ、聖女様」
オルグが促し、レティが手を引いて席に着かせてくれる。
渡された冷たい果実水を一口飲んで、依那はほう、と息をついた。
知らないうちに緊張して喉が渇いていたんだろう。
疲れた。おなかも空いたし、もう帰って寝たい。お風呂入りたい。
だが、挨拶待ちしている来賓たちを見ると、そんなことも言い出せず。
もう一口果実水を飲むと、頑張って来賓の相手をしている颯太に加勢すべく、依那は立ち上がった。